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今回は西軍の陣所から、笹尾山 石田治部少輔隊の先鋒を担った“鬼の左近”こと島左近と蒲生郷舎の 陣のお話です。 島左近という人物は今では、伝説的な人物ですがそうなったのもこの関ヶ原での働きがあっての事でし ょう。 私は、秀吉死後から関ヶ原に到るまでの2年間が好きですが、その中でも石田治部少輔やその周りの人 物が結構好きだったりします。 なので、三成や左近の話についてはまた特集してお話したいと思います さて、三成陣営が対したのは 黒田長政5400 細川忠興5000 加藤嘉明3000 三成方は6000 それでも、先鋒の二人の奮戦や二重の竹矢来(竹で作った柵)と堀もあり開戦からしばらく一進一退の攻 防を繰り広げました。 しかし、午前9時半頃。 黒田隊の菅六之助が側面から鉄砲を撃ちかけ、それにより島左近は負傷して 後退せざるおえなくなる。 それを皮切りに、午前10時頃には蒲生郷舎隊も後退する。 そこへ正午、金吾中納言が東軍に寝返り西軍は総崩れとなる。 島左近はそれを見ていてもたってもいられず。 怪我をしたまま再び乱戦の中に消えていく・・・ 彼はそのまま帰っては来なかった・・・ そして、三成を逃がす為に蒲生郷舎も最後まで奮戦し討ち死にした。
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