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大牟田を出ると、少しだけですが有明海が見えます。 そして、先の大牟田で「鹿児島中央にお急ぎのお客様は次の到着のリレーつばめをご利用下さい。」 そのリレーつばめに玉名で追い抜かれる為に停車します。 玉名は温泉地みたいですね。 少し行って見たい気になりました。 つまらない事ですが前の駅が「肥後《いくら》」というのに私は少しうけてしまいました。 そこに高速でリレーつばめが通過して行きます。 本日、これで特急列車を見送るのは4度目ですね。 さて、いよいよ“はやぶさ”は終点の大分に向けてラストスパートにはいります。 西南戦争で有名な田原坂を越えるともう終点はすぐそこ。 長かった今回の旅もお終い。 「チャラチャラチャララー♪チャララララー♪ チャー♪」 ハイケンスが流れ出すと 「まもなく終点の熊本に到着です。 熊本には50分程度遅れての到着となります。 本日、列車遅れ まして申し訳ありませんでした。 また、ソロをご利用のお客様今から鍵の回収にお伺いいたしますの で回収にご協力お願いします。 本日は、寝台特急はやぶさをご利用いただきましてありがとうございま した」 そう車内アナウンスが流れると市街地に入ってきました。 この日は遅れた関係から1番線の到着。 お疲れ様 “はやぶさ” さぁ。 熊本城に行こう。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ これで、私の“寝台特急はやぶさ”の旅はお終いです。 今回は前回の富士の旅よりも内容が濃かったのでこのブログの長旅に付き合って下さった方ありがとう ございました。 けど、何となくその長いたびが実感できたかと思います。 それにしても、私が寝台特急に乗ると何かしらありますよね。 けど、今回の銀世界は本当によかった なぁ。 長距離を走る列車だからこそいろんな事や発見があるんですよね。 けど、“はやぶさ”に乗ってみて前回“富士”に乗ったときよりも大都市を走るが故に寝台特急という のが時代に取り残された列車なんだなと改めて実感できました。 4度も新型特急に道を明け渡すのはさすがに寂しいものを感じました。 それでも、時代に負けずに走り続けている“はやぶさ”いつまでも輝き続けてほしいです。
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旅への誘い[寝台特急はやぶさ旅]
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あれは、噂に聞く“ハウステンボス”号ですね。 初めて見るけどやっぱり派手なものですね。 元々485系時代。最初は赤一色でしたが、みどりやかもめとの併合運転の為に同じ赤一色では乗り間 違いが起きるということであのような派手な色になったそうですね。 さらに向こうには私が一度乗ってみたい“白いかもめ”が。JR九州の列車はデザイナーが列車の外観 や内装を手がけているだけあってかっこいいですよね。 さて、博多を出ると飛鳥時代に大化の改新で有名な天智天皇が築いたとされる水城や大野城を通って行 きます。 ここまで来ると外の雪景色もう無くなったようです。 鳥栖到着です。 ハイケンスが流れ出し「本日は九州内大雪の為ダイヤが大きく乱れ、この“寝台特急はやぶさ”号も現 在40分ほど遅れて運行しております。この先、熊本へお急ぎのお客様は次の久留米で有明号にお乗換え 下さい。」と放送がありました。 当然ながら私は旅を楽しむのである為乗りませんでした。 そういえば、この車両にも“ヒルネ”を使 って博多からお客さんが乗ってきました。 ヒルネとは寝具を使わない昼間は寝台料金不要で特急料金で 寝台特急に乗ることができる制度で、はやぶさは下りは確か下松から可能だったと思います。 久留米に到着。 しばらくしてから隣のホームに“有明”がやってきてすぐに発車して行きました。 さて、有明を見送って再び出発。 車窓からは九州新幹線の高架が着々と完成しつつあるのが見えまし た。 九州新幹線が博多まで開通すればこの鹿児島本線にもいずれ特急の姿が消えて行くんでしょうね。 もちろん、九州新幹線が開通すれば東京から熊本まで全区間新幹線で行ける為この“はやぶさ”の存在 意味が無くなるでしょう・・・。 それもそう遠い話ではなくあと3〜4年後の話とも聞きます。 “はやぶさ”からのこの景色をもう僅かで眺められなくなると考えると寂しくなりますよね。 大牟田に到着です。 何故かロボ大蛇というのが駅に飾ってありました。
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富士より一足先に門司を出発した“寝台特急はやぶさ” 門司のレトロなレンガ造りの建物も雪の中 「チャラチャラチャララー」っとハイケンスが流れ出すと「本日は寝台特急はやぶさ号にご乗車いただき・・・」っと ようやく単独の列車になった事となります。しかし「本日、九州内の列車大雪の影響により大幅なダイヤ の乱れがございます。次の小倉ではお乗換えの際は駅の案内板でご確認下さい」と。 すでに、山陽本線内で遅れていた“はやぶさ”はこの先も遅れるのだと確信しました。 間違えなく他の特急を優先するでしょうからね。 そして、小倉に到着。 すぐに発車かと思いきやと隣のホームに“ソニック”の博多行きが入ってきて そのソニックに先を譲ります。 “はやぶさ”が小倉を出る頃には、後から発車したはずの“富士”が小倉に入ってきてからとなりまし た。 こんな日に遊園地行ったらとんでもないだろうと思いながら寒さに凍えるスペースシャトルを見送りま した。 友人とメールをしていると京都の方は朝に雪がちらついただけで積もってないと言われました。 九州に入ってから結構進んでいるのに雪はいっこうに止む気配がありません。 ダイヤの乱れのせいか、貨物列車にまで“はやぶさ”は抜かれる始末・・・ 何となくですが列車の愛称 が泣いているように思えました。 途中、福間駅に停まり再び博多行きの“ソニック”に先を譲りました。 さすがに博多の方まで来ると雪も次第に収まってきました。 九州の中枢の都市、博多に到着です。 駅の看板の[博多どんたく]の絵が地味にかわいいです。
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門司に着くとすぐにEF81−400は切り離されます。 それにしても、九州でこんなに雪が見れるとは・・・ ここ本当に門司なのか・・・ 側についているようです。 ここでは、ここまで東京から共にしてきた富士ともお別れです。 |
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機関車交換が終わりEF81−410が九州へと連れて行ってくれます。 折角なので、門司までの間先頭車のデッキの窓から外を覗いてEF81−410を見守ることにしまし た。 皆様、寒いので客室に戻っているのでこのような馬鹿な事をするのは私だけです。 あれがかつて、ブルートレインの元祖“あさかぜ”の晩年に使用された編成なのですね。 何気もなくただいたずらに留置されているようでした。 このまま、20系のように長い留置の末、い きなり さよなら運転 で消えて行くのでしょうか・・・・ 造船所をすぎると暗闇の中へ。 関門トンネルです。 湿気がきついこのトンネル内の為、腐食防止のステンレス機関車が寝台特急を引 いている時代もあった。 この暗闇の中をEF81−410は頑張って引いていきます。 今では、下関〜門司間だけの役割になり地味に見えるEF81−400ですが直流と交流の境目。そし て、この湿気の多い暗闇を走る役割は重要ですよね。 けど、地味に見えてしまうから何となくけなげに 思ってしまいます。 そして、やっと暗闇を抜け門司に到着。 トンネルを抜け、九州に入ったけれども雪は降り続けていました・・・。
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