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世界で唯一の被爆国日本。 |
ぶらり旅記[中国・四国・九州]
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今年も、母の実家に帰省することとなりました。 |
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グラバー園の後は、少し早い昼食の為に中華街へ。 最初に中華まんを買って、ちゃんぽんや皿うどんを食べる為に店を探します。 と言っても、食べれる店が多くて何処で食べていいのやらわかりません。 ならば、おいしい店の鉄則! 地元タクシーが停まっている中華料理屋へ。 ちゃんぽんか皿うどんか迷いましたがここはちゃんぽんで。 やはり、地元で食べるちゃんぽんは偽と違っておいしいです。 その他にも食べたい物は多かったのですが、さすがにこれ以上は食べれないようです・・・。 中華街から程近い坂道。 ここがオランダ坂らしいです。 修学旅行生からはどうも避けられないようでここでも遭遇。 |
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そして、天主堂からそのまま グラバー園へと移動できます。 ここは、旧トーマス・グラバー亭です。 この1枚の写真。 実はこれ一枚撮るのにかなりの時間が要されました。 小学校の修学旅行の記念写真を撮っていて、クラス単位で撮っているので20分ほどなかなか空きませ んでした・・・ しかし、その待っている間。 丘の上から眺める港の景色を見ていたので苦痛とは思いませんでした。 ここは、とてもいい所ですね。 グラバーさん羨ましいです。 この建物らも幕末から明治初期にかけての歴史あるものなので、趣向を凝らした造りとなっています。 小学生さんの修学旅行に埋もれての見学でゆっくりと見れませんでしたが・・・・ しかし、逆に小学生さんにはガイド付きなのでそのガイドの話を聞けて少し得した気分にはなれました 納得いくまでは見れませんでしたけど、また来たい! そう思える所でした。 そうそう、有名なハートストーンですがある程度の場所がパンフレットに載っています。 折角なので探してみようと思ったら 小学生の女の子がかなりの人数探してはったので撤退・・・ さて、次は長崎の祭り “長崎くんち” の博物館へ・・・ っと、 ここも 子供! 子供! 子供! 自慢する気はありませんが、私は人ごみというのがあまり好きではありません・・・ ここの建物はそれ ほど大きくないので本当に満員列車と変わらない状況です。 いい加減 イラッ ときてしまったのでこの写真だけ撮って展示物見ることなく出ました。 後々考えると、あれくらい待てなかったのか? っと後悔してしまいましたけどね・・。 屋台は祭り本番で使われる本物の物ですし、実際それを使って祭りが行われる映像なども館内で見るこ とができます。 帰り道の坂でお土産にカステラを買ったのですが、一本400円でした。 後々、駅前で同じ商品を見 つけたのですが 750円でした! もし、お土産にカステラを買うならこの辺りがオススメです。
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長崎駅を出てまず驚いたのが、きれいで広い駅前広場。 しかも、この広場の名前は“かもめ広場”というのですね。 特急列車の名前がそのまま広場の名前になるとは・・・。 まだ朝は早く焦る必要も無いので歩きながら出島を目指すことにしました。 江戸時代以前から外国との貿易で栄えた街は、やはりどこか京都や大阪とは違うようにみえます。 道幅が広いのはおそらく原爆によって一度街が壊滅したからでしょうか? そう思いながら歩いてるうちに出島に着きました。 と言ってもごらんの通り今では街中にひっそりあ る陸続きの史跡です。 これでも、近年になってここまで整備されたそうなので前はもっと出島と感じられなかった事でしょう ね。 さぁ!折角来たのだからゆっくりじっくり見るぞ (入場料金も500円と割高なので) と思った矢先。 出島には 子供・・・ 子供・・・ 子供・・・ の姿が・・・ 一つは修学旅行に来ている小学生でしょうか・・・。 あとは、社会見学か遠足の小学生と中学生 ですね・・・。 これでは、写真を撮るどころか ゆっくりと展示物を見ることもできません! 小学生のはしゃぎ声はまだ百歩譲って許せるとはいえ・・・中学生の低レベルな会話はたまりませんね。 「ねぇ〜早くでようさ〜 おもしろくない〜」 私も早く出て行ってほしかったです。 っと、失礼。 私もつい大人気ない愚痴を・・・ そんな感じで見学どころではなかったのでゆっくりと見る間もなく一通りだけ見て出島を後にしました 続いて向かったのは大浦天主堂です。 再び歩きで長崎の街を見ながら向かいます。 この建物は1864年に建造された日本最古の天主堂で国宝です。 ここも、団塊の世代の観光の方々が多かったです。 |
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