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ぐるりと村をまわって孔子廟の前に戻り、75代目の孔さんとわかれ、羊君の親戚の家に顔をだし、羊君と二人で村の東端、川の上流のほうに廟があるというので見に行った。
川の南側に「軍七公廟」がある。
説明板によると、南宋時代に、欅渓の孔義公を師とした七兄弟がいて、当時欅渓は山賊によく襲われていたが、軍七を長とするその兄弟が村人が苦しむのをみて山賊と戦い、軍七はその戦いで犠牲になってしまい、村人はその恩に報いて廟をたてた、とのこと。
七人の侍のような話だ。
廟の中には道教の神様と思われる塑像が並び、壁には龍、虎、獅子が描かれている。
川をはさんで対岸に「白鶴廟」が建つ。
説明板によると、この村を開いた孔子48代目の孔瑞躬が金の進入から逃れるために山東曲阜を発つときに、白鶴廟で線香籠を供えて旅の無事を祈願したときに、携える線香籠に自然に火がついたときにそこに落ち着くと祈った。そのとき白鶴が飛び立ちその羽を持って逃避行にでて、この土地にたどり着いたときに鶴の鳴き声が聞こえてとどまったところ線香籠に火がついたので、ここに落ち着くことになり、白鶴を大帝神として廟を建てた、とのこと。
こちらも夫婦神を中心に、神々の像が並ぶ。
壁画は、龍を中心に、鶴と鳳凰、虎と獅子。
日本の神社の木彫りの飾りのモチーフとまったく同じだ。
白鶴廟の東側にこれも夫婦神の土地神様が祀られている。
白鶴廟の西側には、樹齢220年のカヤの木の下に小さな祠がある。
この村でもところどころで魔よけの鏡を玄関に掲げている家が見られた。
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