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以前、尾張戸神社へ行ったときはるか向こうの東西に聳える猿投山と伊吹山が見え、尾張の道しるべの山立てはこの二山を目印にしていたんだろうなあ、と興味が湧いた。
そのころからずっと猿投山へ行ってみようと思っていたが、9月19日、まだ残暑がきびしかったが、猿投神社と猿投山を散策した。
地下鉄と名鉄を乗り継いで、「上豊田」駅で降り、そこからバスで「猿投神社前」で降りる。
バスを降りるとすぐに金色の鳥居が迎えてくれた。
道路を渡った向こうに千木・鰹木の載る総門があり、杉の巨木が立ち並ぶ長い参道を進む。
舞殿だろうか、大きな舞台が二棟並んで建つ。
舞殿との間隔が狭く、拝殿・本殿を囲い込んで中門があり、参拝はそこで行う。
屋根の神紋は、「三つ巴」。
中門の軒先には、鶴(コウノトリか?)の木彫りの飾りがつく。
本殿は、千木・鰹木の載る神明造り。
祭神は、日本武尊の双子の兄といわれる「大碓命」、その二人の父「景行天皇」、祖父の「垂仁天皇」。
ただ、大碓命が主祭神とされたのは近世以降のことだそうで、元来の祭神については諸説があり、猿投山の神を祀ったものであろうといわれているそうだ。
「さなげ」というのは、谷川健一著「青銅の神の足跡」によると、「鉄鐸を古語では「さなき」というとある・・・・・・もともと、銅、鉄にかかわらず、金属製の鐸を「さなき」と呼んだと思われる・・・・・・」とあり、佐那具(さなぐ)、佐鳴(さなき)、猿投(さなげ)、散吉(さぬき)などの地名は、銅鐸との関連があると想定されていて、「この地名は弥生時代にまでさかのぼって命名されたものであると知れよう」とされている。
とりあえず、金属の神との関係がうかがわれる神社で、猿投神社でも、美濃の金属神を祀る「南宮大社」と同様に、金物の「鎌」が奉納される習慣があるのもうなずける。
ただ、ここ猿投神社では奉納される金物は「左鎌」に限られるようで、その由来は、日本武尊と関係付けられている。
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