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管弦が2曲奏でられたあと、楽器を片付けて、また舞楽になった。
まず、「振鉾(えんぶ)」という御祓いの舞が演じられた。
目録によれば下記のように解説されている。
「御祓いの舞とも言われ、舞楽を奏でる際、国家の安泰・雅音成就を祈り、また舞台を祓い清めるために舞われ、周の武王が天地の神々に戦勝を祈った様をかたどったのが起源といわれています。左方の舞人が初節を、次いで右方の舞人が中節を舞い、最後に左右両方の舞人で後節(合鉾(あわせほこ)という)を舞います。」
司会者によれば、左右の舞人が揃っていないようにみえるけど、それは下手なのではなくて、左方、右方で振りが異なるためです、と注釈していた。
次が「胡蝶(こちょう)」
「高麗楽のひとつで高麗壱越調に属する曲です。醍醐天皇の御世である延喜8年、宇多上皇が子供の相撲をご覧になったとき、山城守藤原忠房が作曲し、敦実親王が作舞したといわれています。童子が背に蝶の羽を負い、天冠と手に山吹の花を戴いた4人の童子が舞います。」
本来は、童子が舞うんだそうだが、ここでは若い巫女さんによって舞われた。
次が「抜頭(ばとう)」
「天竺(インド)または林邑(ベトナム)由来の曲であり、「楽家録」によれば猛獣に親を殺された胡国の子供が、その猛獣を探し求めて仇を討ち、歓喜する様子をあらわしたものといわれています。左方と右方の二様が伝わっており、装束、面などもすべて共用です。今回は左方として舞います。」
鬼の面が印象的だ。
そして、舞楽の最後は、「落蹲(らくそん)」
「高麗楽に属する一人舞で、二人舞の場合は「納曽利(なそり)」と称します。龍が遊び戯れる様を舞にしたものと伝えられます。古くは相撲や競馬(しらべうま)などの勝負時に右方の勝者を祝して奏でられたようです。」
最後は、「長慶子(ちょうげいし)」という管弦で、〆られる。
「この曲は平安期に源博雅卿が作曲した管弦曲で、舞楽の退出音声として奏でられます。曲調の長く整った格式のある名曲です。」
12時すぎに演目は終了して、ビデオカメラを持つ手が随分疲れてしまい、両足のふくらはぎも張ってしまい、いまだに痛い。
が、今日は熱田神宮で舞楽神事があるので行ってみようと思う。
ただ、あいにくの雨で、10:30から始まるそうだが雨でもやるのかなあ。。。
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