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名鉄「阿久比駅」からまた河和線に乗って終点の「河和駅」まで行き、そこから知多半島の先端の師崎まではバスになる。
バスは、師崎のフェリーターミナルの前まで、そのターミナルで「しらす丼」で朝食にした。
ターミナルの西側に小高い岩山があり、その上に羽豆神社はある。
「式内社研究報告」によると、
「師崎には、縄文時代前期の羽豆岬、弥生時代前期のハザマ、後期の神護寺の各遺跡が発掘されている。伊勢と東三河とを結ぶ交通路に当ってをり、このような地理的条件から、古来より、海上交通上重要な地点に位置し水軍の拠点ともなつていた。」
ターミナルがあるところは多分埋立地と思うが、その後方、海のほうへ歩いていくと、海に向かって赤い大鳥居が立っているのが見えて、その向こうに、伊勢湾口中央に浮かぶ「神島」と「伊良湖岬」を望む。
石段を頂上へ上ると、南南東向き、海に向かって社殿が建つ。
社伝についての掲示板があり、創建は白鳳年中(700ごろ)で、祭神は、尾張氏の祖神、建稲種命(たけいなだねのみこと)。
建稲種命は、日本武尊が東征の時、この地の水軍を率いて参加したが、その帰路、相模の海で海に落ちて亡くなったことになっている。
「はづ」という社名については、いろいろな説があるそうだが、私は、「「羽豆岬は、古代南方系人の信仰である"泊頭(はず)の神"の風習(湾口の西端地を神として、舟の出入りのとき礼拝して平安を祈願)から生まれた地名」(同)ともいわれ、この神聖な土地に尾張氏の一族により租神建稲種命が祭られたのである。」という説に魅力を感じる。
拝殿正面の蟇股はシンプルな模様。
本殿は流造りの屋根だが、側面をみると、覆屋のような気がする。
屋根は銅板葺きで、神紋はついていないが、神紋は、境内にはためく「羽豆大明神」の幡には「菊菱」の紋なんだろう。
境内には、以下のようにたくさんの末社が並ぶ。
嚴島社(市杵島姫神)、春日社(天児屋根神)、月読社(月読神)、住吉社(底筒男神上筒男神中筒男神)、両大神社(天照大紳、豊受姫神)、津島社(須佐之男神)、蛭子杜(蛭子神)、三狐社(倉稲魂神)、海神社(大綿津見神)、八王子社(五男三女神)、八幡社(誉田別尊)
かなり古そうな石の社が印象的であった。
絵馬は、恵比須大黒と幸せを運んでくれるというコウノトリ。
岬の先端に展望台もあって、天気も良かったので、すばらしい景色を堪能できた。
参道の途中には、「羽豆崎城址」の石碑も建つ。
羽豆神社の社叢は、昭和9年1月22日に国指定天然記念物に指定されているそうで、その説明板によると、
「知多半島最南端にある羽豆岬一帯に広がる森林が「羽豆神社の社叢」として国の天然記念物に指定されています。かつてはウバメガシや松の大木が多く原生林のようでありましたが、伊勢湾台風で大きな被害を受け、現在ではウバメガシを中心にイブキ・トベラ・モチノキなどが共存する暖地性常緑樹林となっています。」
参拝を終えて、師崎の狭い路地の猟師町をぶらつく。
あちこちで干物が干されていて、わたしも小さな蛸の干物を土産に買った。
港の漁船には、正月飾りの竹が立てられていた。
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