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入見神社を見終わって、地図を見ると、内海の集落の西の端に「歴史民俗資料館」があるので、すでに16時を過ぎていたが17時までは開いているだろうと早足でそちらへ急いだ。
資料館は使われなくなった小学校の建物を使っているようだ。
入口は鍵がかかっていたが、インターホーンで図書館にいる担当者に連絡して来てもらって鍵を開けてもらった。
思ったより展示物が多くおもしろい。
内海というところは、江戸時代は「尾張船」「尾州船」という割れる千石船による海運が盛んであったことを知る。
そうした船には、「金刀比羅神社のお札」が祀られていた。
内海には、8300年前の「先苅貝塚」があるそうで、この地には古くから海を生活の糧にした人々が住んでいたそうだ。
平城京で見つかった木簡に朝廷に納められる「贄(にえ)」の品目が書かれていて、「佐米(サメ)」が納められていた、というのは面白い。
佐米は、肉を細長く裂いて塩につけて乾燥させた「スヤハリ」にして貢納していたとのこと。
昭和17年の巨大サメ捕獲の記念写真が印象的だ。
お祭で使われていたという山車(だし)「舟車」が美しい。
内海といえば、今は海水浴場で、私も子供の頃は毎年夏休みには隣の野間海水浴場に来ていた。
知多半島は、川が少なく、いい水と米は無いように思ったが、「富よし」という地酒があるようだが、今も造られているかは、町の酒屋が日曜休みで開いていないのでわからなかった。
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