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番外篇 伊勢を歩く

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磯部を歩く

6月24日、磯部の伊雑宮の御田植祭りを見に行ったが、御田植え式が13時すぎに終わって、15時から始まる踊り込みまでは時間があり、磯部には伊雑宮のほかにその所管社である「佐美長神社(さみながじんじゃ)」があるのでそちらにもまわってみた。
 
伊雑宮は、近鉄「上之郷駅」の西すぐのところにある。
 
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社は、式典が行われるため幕が張られていた。
 
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祭神は、神社でもらった栞によると、
 
「伊雑宮は、一般には「イゾウグウ」とよばれ、皇大神宮(内宮)の別宮で古くから「天照大神の遥宮(とおのみや)」と称せられ、御祭神は 天照坐皇大御神御魂(あまてらしますすめおおみかみのみたま)です。恒例および臨時の祭典は、内宮に準じて行われ、二十年ごとに式年遷宮も行われます。」
 
ご鎮座の由来は、
 
「当宮の創祀は、約二千年前の第十一代垂仁天皇の御代のことです。皇大神宮御鎮座の後、倭姫命が御賛地(みにえどころ) (皇大神宮へ奉る御供物を採る所)をお定めになるため、志摩国をご巡行の際に、伊佐波登美命(いざわとみのみこと)が奉迎して、この地に当宮を創建して、皇大御神の御魂をおまつりしたと伝えられています。万葉集に「御食つ国、志摩の海人ならし、真熊野の小船に乗りて、沖辺漕ぐ見ゆ」とも歌われているように、志摩国は風光麗しく、海産物に富み、古来神宮と朝廷のご料を貢進した地です」
 
正殿の構造は内宮に準じ、唯一神明造りで南向き。
 
鳥居をくぐった右手に宿衛舎があり、その脇に「巾着楠」が伸びている。
 
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社叢の南に御料田があり、その東側中央に、木の皮をつけたままの鳥居が立つ。
 
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私は、ビデオ撮影のためにこの鳥居のところに陣取っていたが、竹取神事の裸男たちがここでお神酒と若布をいただいてから入場して、その残りをその場にいた我々もおすそわけでいただいた。
 
御田植え式が終わってから、2時間ばかり時間があり、とりあえず昼飯を、と佐美長神社へ向かう途中見つけた喫茶店で、食事のメニューがないのでトーストとコーヒーで一休み。
 
天気が良すぎて日差しが強烈で、この一休みでずいぶん蘇った。
 
で、喫茶店の近くの交差点に面した森にある佐美長神社へ向かった。
 
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佐美長神社の社は、東向きに建ち、その前北側に小さな社の「佐美長御前(さみながみまえ)神社四社」が南向きに建つ。
 
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伊雑宮でもらった栞によると、
 
「伊雑宮の南約八百メートルの地に鎮座し、 大歳社(おおとしのやしろ)または穂落社(ほおとしやしろ)とも称えられます。倭姫命が志摩国ご巡行の際、鳥の鳴く声高くきこえて夜昼止まないので、これを見に行かせると、葦原の中に一株の稲が生えており、根本は一本で穂が千穂にも分かれて茂っていました。一羽の真名鶴がその穂をくわえて飛びながら鳴いているのを発見し、この鶴を大歳神(五穀の神)と崇めて、この地におまつりしたと言い伝えられています。土地の人々は今も地主の神として崇め、地鎮・方除等の信仰があります。なお同社の御前に小祠四社の佐美長御前神社がおまつりされています。」
 
この森につながったところに「磯部神社」があった。
 
名前からして、この土地の産土神であるだろう。
 
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鳥居は東向きだが、社殿は南向きに建つ。
 
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祭神は、たくさんの神社が合祀されたようで、37柱の名が連なっていて、「そのほか12柱」となっていて、49もの神様が祀られれている。
 
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ここで15時になり、花火の音も聞こえ、「踊り込み」が始まるようなので、また伊雑宮へ戻ることにした。
 
 

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