入口に説明板があった。
「塩筒翁(しおつつのおきな)の神がまつってあります。
域内に皇大神宮の御料の御塩を調整する御塩殿、御塩焼所、御塩汲み入れ所があります。
御料の御塩は、夏の土用に町内の西地内にある御塩浜から運ばれた塩分の濃い海水を汲み入れ所におさめ、これを御塩焼所で荒塩に焼きます。
さらにこの荒塩を、毎年3〜4回、御塩殿において三角型の土堝をもって堅塩に焼き固めて、これを御料に供えています。
なを、御塩の調達は昔から神領二見郷の住民が奉仕しております。」
参道正面の大きな社は「御塩殿」で、その左の小さな社が「御塩殿神社」。
海を背にして南向きに建つ。
社殿の裏の海岸のほうへ行くと、「御塩焼所」と「御塩汲み入れ所」が並んで建つ。
縄文時代の住居のような造りで、「天地根源造(てんちこんげんつくり)」というのだそうだ。
裏の海岸からは二見浦が見渡せる。
御塩殿神社からまた二見浦のほうへ行くとすぐに二見の集落に入り、古い町並みがいい雰囲気だ。
鍾馗さまの飾り瓦をみつけた。
JR二見浦の駅前から続く参道の商店街を駅のほうへ向かう。
「赤福餅」は有名で私もよく食べるが、「御福餅」の店もあった。
参道脇に塚があり、「亀甲地蔵」と「庚申堂」が祀られている。
亀甲地蔵は、説明板によると、
「塚の中央に建てられている自然石は、亀甲地蔵と呼ばれています。
昔、三津から茶屋に至る田道の溝にかけられていた石橋で、歯がいたむとこの石の上で呪文をとなえると不思議と痛みがとれたといわれる。
明治の初め土地改変の折、現在の塚の上に建てられました。
歯が抜けると今でもすてにくる子供達がいます。」
茶屋庚申堂は、
「庚申は一般的に延命・農作・風邪などの神とされている。昔、出口村の人々により、この場所に庚申塔が建てられたのが始まりだと思われる(出口村は堅田神社から荘にかけてあったが、永禄12年(1569)の戦乱により全村消滅した)。
堂内には、江戸後期に茶屋組中により建てられた、緑色片岩の自然石の塔と二体の石地蔵が収納されている。又、堂外に三体の庚申塔が建てられている。」
駅前にでると「豚饅」の持ち帰り専門店があり、人気店のようで、それを仕入れて、国道42号線線沿いにある内宮摂社の「堅田神社(かただじんじゃ)」へ向かう。
社はこんもりとした森のなかにある。
祭神は、ガイドブックによると、佐見都日女命(さみつひめのみこと)。
「倭姫命が諸国を巡られ、二見の海に来られたときにこの土地の神、佐見都日女命が堅塩を奉ったところ、倭姫命がそれを愛で、この地に堅田の社を定められたといいます。二見から両宮御料の堅塩を献進する由来の神社です」 |

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