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高向神社からまた宮町駅のほうへ戻り、宮町の街並に入る。
少し腹も減ったので喫茶店でモーニングでもと思ったが、その向かいにいい雰囲気の店があったので、そこで伊勢うどんにした。
宮町の街中の住宅街の中にめざす外宮摂社の「清野井庭神社(きよのいばじんじゃ)」がある。
ガイドブックによると、祭神は、草野姫命(かやのひめのみこと)。
「清野とは、山田原の原野の一つでこのあたりのこと。この付近の土地の灌漑用水の神をまつっていますが、一説には屋船の神の分霊をまつるともつたえられます。」
この神社から住宅街のなかを西へ少し行くと、外宮摂社の「草奈伎神社(くさなぎじんじゃ)」と「大間国生神社(おおまくなりじんじゃ)」がある。
社域へ入る正面には、沖縄の「ヒンプン」のような悪霊除けの石垣がある。
社域へ入って向かって左に「草奈伎神社」がある。
祭神は、御剣仗神(みしるしのつるぎのかみ)。
「外宮第一位の摂社。大若子命(おおわかこのみこと)が垂仁天皇の勅令により標剣仗(みしるしのつるぎ)を賜り、越の国の兇賊阿彦(あびこ)を平定にでかけ、その御神威もあった剣をまつられたと伝えられています。」
ということで、剣の名が「くさなぎ」で、熱田神宮の御神体の「草薙剣」と同名であり興味深く、日本武尊伝説のモチーフの一つになったらしい。
社域の右側には、外宮摂社の「大間国生神社」があり、板垣のなかに社が二つ並んで建っている。
右の社が、大間社で、大若子命を、左が国生社で、乙若子命(おとわかこのみこと)を祀っている。
「両方とも伊勢の国造であった天日別命(あめのひわけのみこと)の子孫で皇大神宮の鎮座に功績があり、大間広と呼ばれたこのあたりを開拓された神です。」
ここから、宮町の南西のはずれにある外宮摂社の「志等美神社(しとみじんじゃ)」へ向かう途中、「北向庚申塔」があった。
説明板があり、
「青石材。伊勢市で130余の庚申塔中、青面金剛像では最古最大のものであります。
青面金剛像は普通三面六臂像が多いのですが、この像は、一面ニ臂です。脚下の天邪鬼も各脚下に鬼一匹ずつというのも、伊勢市では本塔のみであります。他に日月や一猿一鶏を刻んでいます。
庚申というのは、「えと」でいう「かのえさる」で、60日あるいは60年ごとに巡ってきます。この日は徹夜で過ごし、長寿を願う信仰がありました。この流れをくんで、ここの信仰は今も生きています。
お堂の前の「幸神(さいのかみ)」の扁額は、津市の市川塔南(1856〜1928)の書です。
幸神は、塞(さえ)の神のことで道祖神のことであります。災難をさける意味から庚申信仰と習合したものでしょう。
本尊:青面金剛像 高さ:154cm、横:99cm、厚さ:40cm
銘文: 天和3年(1683)10月23日」
ここの説明をみて、最初、高向の道端でみつけた石仏も庚申塔の「青面金剛像」であると気がついた。
建物の脇には、お地蔵さんだろうか、石仏が並ぶ。
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