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番外篇 伊勢を歩く

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椿大神社 その2

高山土公神陵の前、参道から右方へ入ると、別宮の「椿岸神社(つばきぎしじんじゃ)」がある。
 
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主祭神は、天之宇受女命。
相殿に、太玉命(ふとだまのみこと)・天之児屋根命
 
太玉命は、天照大神を天の岩戸からさそいだすため、天之児屋根命とともに祈祷した神様。
 
由緒は、栞によると、
 
「天之宇受女命は猿田彦大神の配祠(宮妻)にて亦の御名を「宮比の神(みやびのかみ)」「椿岸大明神」「小岸大明神」と称え奉り、大神と共に地上すべての穢れを清め、直(すぐ)なる道へとお導きになり神々のミタマを生み出す貴い神様です。亦の御名「大宮能売神(おおみやのめのかみ)」と称え、宮中をはじめ全国各地に祀られ、世の荒ぶる心を和め奉り、夫婦円満・家族親族の和合、万民協和の御守導あらたかです。天孫降臨における猿田彦大神との出会いから「縁結びの神」の御霊験あらたかであり、天の岩戸開きによる、かぐら舞より「芸能祖神」「美の神」「獅子神化身」として古くから信仰篤き親しみ深い神様です」
 
 
拝殿前に、「神招福臼(かみおぎのふくうす)」が置かれていて、
「この福臼を福杵で三度搗いてお祈り下さい」
とあり、私もコンコンコンとついてきた。
 
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いろいろな絵柄の絵馬がある。
 
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ここからさらに奥へ行くと、茶室があり、さらに奥へ行くと、お寺の本堂のような「行満堂神霊殿」がある。
 
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行満大明神が祀られている。
 
「猿田彦大神の神孫であり、役の行者をお導きされた事蹟から行の神として古来尊信されております。」
 
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ここの前には、松下幸之助を祀る「松下神社」や「椿立雲龍神社」、弓道場の「自疆館」があり、伊勢湾を望む眺望がすばらしい。
 
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この広場から参道へ戻る道を行くと、「延命地蔵堂」がある。
 
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祠の横に石塔が並び、道祖神も見られた。
 
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延命地蔵尊は、平安後期の作といわれ、昔から難病平癒に霊験あらたかだそうだ。
 
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椿大神社の森の西側に護国神社と並んで、縣主神社がある。
 
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説明板によると、
 
「祭神 倭建命 建貝児王(たけかいこのみこと)
 
 縣主神社は、「延喜式」に見える鈴鹿郡十九座の一つで、川崎村(現亀山市川崎町)に鎮座し、俗に縣大明神と称され鎮守社として親しまれていた。ところが、内務省が一町村一社を目標に行った小祠整理により、明治41年、能褒野神社に配祀され、下って平成十年十月十日、「椿護国神社」南隣を鎮座の大地と選び定め、椿大神社の摂社「縣主神社」として遷座された。
 当地鎮座の由来には、先々代の行輝宮司の出身地が川崎村であることと篤志家による誠実無私の奉斎運動が挙げられる。
 御祭神の倭建命(日本武尊)は、人皇第十二代・景行天皇の皇子で、西に熊曽建(くまそたける)、出雲建などの諸賊を討ち、東に蝦夷を平定された。のち、伊吹山に賊ありと聞き、これを討たんと向われたが、御病を得て伊勢国・能褒野に薨去せられた。建貝児王はその御子であり讃岐の綾君(あやのきみ)の祖である。」
 
もともとは、日本武尊の終焉の地、能褒野にあったものが遷座されたものだそうだ。
 
参集殿に食堂があって、甘酒を飲み、よもぎ餅を土産に仕入れて、とりあえず四日市駅へ戻った。
 

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