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表佐の太鼓踊りが16時ごろ終わって、夜の「表佐踊り」「にわか」が始まる19時までの間、会場近くを散歩した。
地図を見ると「若宮八幡神社」があるので、その方向へ行くと、太鼓の音が聞こえてきて、その音のほうへ行くと、そこが若宮八幡神社だった。
16時半から太鼓は始まっていたようで、ここへ向うまで、酒屋でビールを飲んだり、他の神社をまわったりしていたので、直行すればよかった、と悔やまれた。
太鼓が終わってから改めて神社を見てまわった。
社殿は南東向きに建つ。
由緒書はなかったが、岐阜県神社庁のHPによると、
祭神は、 田口明神(たぐちみょうじん)、応神天皇(おうじんてんのう)
「創祀不詳。美濃國神名帳曰く従五位下田口明神とあるは此の社なり。現今若宮八幡社と称す。当村に伝はる記録中に曰く、若宮八幡宮、天徳四年四月中子曰宇佐より祭る。宝暦年中に今の所に移転す。此の社は元相川の北にありて三度社を移転せしと云ふ。昔は八月十五日供養ありと云ふ。右社の旧蹟は川北にふりと記せしに依りて其の旧跡を探索するに、実地丈量の節調査する同村4132番地上姫ヶ井に八幡社古跡縦四間横四間反別十六歩あり。これ則ち該旧跡たること判然たり。右は此辺を総称して田口と云ひ伝へ、又此旧跡を古若宮と云ふに因りて然り。按ずるに近古の俗祭神詳ならざるものは猥りに八幡と称するもの多く、況や此社は後に宇佐より勧請せしものなれば、田口明神とこそ称すべきを後に祭りし故に若宮八幡と改称せしものなり。尤も神宝二体は応神天皇の外にありて、命号等知らず。これ田口明神なるべし。」
田口明神というのはよくわからないが、田口氏というのは、朝臣の姓を帯び、蘇我氏・石川氏などとともに紀氏の流れを汲んだ名門であるらしい。
拝殿屋根には「三つ巴」紋がつき、拝殿前に張られた幕には「向かい鳩」の紋がつく。
荒く巻かれた注連縄が印象的だ。
本殿は流れ造り。
本殿正面には、鳳凰の木彫りの飾りがつく。
本殿側面には鳩の飾りがつく。
10月2日が例祭で、16時半から太鼓奉納がある。
近くを「相川」が流れ、ここでも彼岸花が美しい。
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番外篇 美濃を歩く
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