|
翌10月23日、バスの運転手に闘牛があると教えてもらった「尚重(さんちょん)」へ30RMB、3時間かけて行ったが、九月九には闘牛はない、と村人に教えてもらい、そこから何十kmかいったところである、とも教えてくれたが、そこまで行く気力は失せた。
闘牛がなくても一泊して村を散策すればいい、と思っていたが、村には農家旅館など宿泊できるところがない。
しょうがない、また黎平へ戻ろう、とバスを待つこと1時間、榕江行きのバスが先にやってきたのでそれに乗って、これも30RMB、3時間かかって榕江へ行く。
道中、景色がいいので退屈はしなかったが、この日は、バスに乗ってのドライブのみになってしまった。
翌24日、榕江から凱里へ出て、凱里から施洞へ向う。22RMB、2時間。
施洞は旧暦5月の爬龍船競争で有名で、どんなところか下調べで訪れた。
夕方到着したのでこの日は賓館におちついて写真の整理をする(50RMB/泊)。
翌25日は朝から街が賑わっていて、市がたっている。
村の路地や川べりの広場は様々な物を売る出店で賑わっている。
民族衣装の銀飾を売る店もいくつも出ていて、冠につける鳳凰も売っていて、いくらか聞いてみると、1000RMB以上、とのことだった。
首につける銀飾にはお魚や蝶々がついている。
高いものは手がでないが、雑貨の店に髪に刺す櫛に、以前河姆渡遺跡でみたシンボルの太陽とそれをはさんで対の鳥が向かい合う図案と同じものが施されていて、10RMBで買った。
そのほかに、蛤の貝殻を合せて中にハンドクリームが入っているのを1個1RMBやテレビの前に人だかりがあったので見に行くと「闘犬」のDVDが映されていて、すごい迫力なので5RMBで買う。
ここ施洞は苗族のむらで、おばさま方は結った髪に太い簪とそれにテグス糸で結びつけた櫛を挿している。
鳥籠を持ち寄って鳴き声を競う人たちもいる。
大きな吊橋がかかっていて、対岸からも多くの人たちが市へやってくる。
市を一回りしてから村を散策した。
ガチャンガチャンと大きな音が響いていて、何だろうと見に行くと餅つき機のような藍染め綿布を打つ機械であった。
川岸の小高いところには爬龍船が保管されている。
川岸を歩いていると何箇所もこんな船屋が見られる。
川べりには何艘も川漁をする船がつけられているが、船の前に伸びた竹ざおに電線がついていて、電気ショックで魚を捕っているようだ。
家の門口に線香を立てる棚がある家があり、その写真を撮っていると近くで日向ぼっこをしていたおじいさんが、オイ、オイ、と私を手招きするので、何事だろう、とおじいさんのところへ行って私も横にすわると、今写真に撮ったのは何だかわかるか、というので、わからない、と答えると、先祖のなかで家の外(村の外かもしれない)で亡くなった人の霊は家の中に入れないのでああやって家の外に祀られるんだ、と教えてくれた。
村の入口の巨木の根本には観音と人形の石が祀られている。
巨木には、菅原道真の天神様のように、筆やポケット辞書などが赤い紐でくくりつけられている。
川岸から集落へ上る道はいくつもあって、どこもその入口には小さな祠がある。
苗族の祠は、基本的には空っぽか石を祀っている。
空っぽでは寂しい、ということか、財神の関羽像や聖母像を祀る祠もある。
小さな橋の脇にあった祠の像は独特だ。
市の行われていた川港へ降りるところだけ侗族の村でよくみる男女神が祀られている。
翌26日凱里へ戻り、午後はまた博物館を見に行って、翌27日、寝台車で義烏へ向った。
今貴州は旧暦の10月で、苗族の新年である「苗年」の祭が始まる。
ということで、明日から12月25日までまた中国へ行くので、その間はまたブログの更新はお休みです。
|
全体表示
[ リスト ]





