なべさんの中国情報

今年はブログを再開します。

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ヤフーのブログを10年余り続けてきたが、ヤフーがブログスペースの提供を終了するということで、
ブログ記事は自分のPC内に記述したファイルが無いことに気が付き、この際に、ブログはやめてHPにまとめていこうと思い立った。

まだほんの一部しかまとまっていませんが、とりあえず、「祭り見物」からアップを始めています。

アドレスは、http://nabe3.kuron.jp  「なべさんの日日是好日」

毎年7月中旬、今年2019年は7月20・21日に愛知県南知多町豊浜で「鯛祭り」が行われた。

「鯛祭り」とは、会場でもらったパンフレットによると、

「明治18年ごろ祭礼に興を添えようと「ハツカネズミ」の張りぼてをつくったのが最初といわれています。その後魚類になり、大正初期に「大鯛」に、昭和初期には胴内ではやしながら海に泳がせるようになりました。長さ10〜18mの竹と木の骨格に白木綿を巻いて作った大小鯛5匹が若者たちにかつがれ、街中や海を練りまわる奇祭です。その様子は海の祭りにふさわしく勇壮で、豊浜の象徴ともいえる「鯛祭り」、それは歴史と伝統の中で生まれ育ち、人々の心に深く刻み込まれた文化遺産でもあります。」

21日日曜日に見どころの「打ち込み」があるということで、21日早朝4時過ぎに車で家を出発、日曜日の早朝ということで道路は交通量が少なく、快調に走ることができて、6時過ぎ、2時間ほどで豊浜に到着した。

祭りは豊浜港の広場がメイン会場になっていて、その近くに駐車スペースはいくらでもあった。

幟が立つ「御仮屋」へ向かい、まずは参拝。

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神様は、お神輿で鎮座している。

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腹もすいたので豊浜といえば「お魚ひろば」、そこの食堂へ向かうと、「東部地区」の鯛みこしが出陣するところに行き当たった。

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祭りの衆の着る法被も美しい。

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7時過ぎに鯛みこしは港へ向けて出発、7時半ごろ、舟下ろし場から鯛みこしは海に入った。



みこしの担ぎ手が泳ぐのかと思っていたが、みこしの下に浮きをいれて海上に浮かし、船で引っ張られて鯛は港内を泳ぎ回る。

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「お魚ひろば」は8時から開くということで、ちょうど私も8時ごろ行きついたので、市場食堂で、海鮮丼(1500円)と缶ビール(400円)で腹ごしらえする。

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サザエのつぼ焼きとマグロの天麩羅もついて、まずまず。

祭りは「御仮屋」前で行われるが、本宮の「津島神社」も見ておこうと向かう。

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まずは参拝。

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境内は思っていたより小さく、御仮屋を作らなければこの祭りはできない。

9時ごろ車に戻り、インターネットで一仕事してから、キャンプ用ベッドを車の外に広げて11時過ぎまで一休み。

この日は曇り日で弱い風もあり、真夏の祭り見物には絶好の日和だ。

12時ごろから中村・鳥居・半月・東部の4地区の鯛みこしが御仮屋前の広場に集結するとのことで、11時半ごろ私も広場に行く。

御仮屋では、巫女さんの神楽奉納もあり、13時からまずは、2地区ずつの集団が「太鼓打ち」を奉納してから、14時ごろからいよいよ4地区の鯛みこしが御仮屋前に組まれた鳥居のような丸太組に突入する「打ち込み」が始まった。



丸太に激突すると「バリ・バリ」と音がして、破壊の快感。

打ち込みの時に若衆が「伊勢音頭」の歌詞を印刷した団扇を私の目の前に落としていってくれたので、それも最後に拾った。
この祭りでは、ずっと「伊勢音頭」が歌われていたので、この団扇は神様が授けてくれたと思う。

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番外もあったが、その歌詞は猥歌になっているので、自主規制。

東部地区の打ち込みが最後で、すでに15時20分を過ぎていて、少し離れた中洲地区の鯛みこしの海中遊泳はすでに始まっているようだし、少々疲れもしたし、見物はここまでにして帰ることにした。




「浜松おまつり暦」によれば、「7月15日の午後6時から鹿谷町の犀ヶ崖公園では、市の無形民俗文化財に指定されている遠州大念仏が行われます。」ということで、昨年2018年7月15日に見に行った。

犀ヶ崖公園には、犀ヶ崖資料館があり、その前庭で大念仏の太鼓踊りが行われる。

車を駐車できるかどうか、前日の14日に資料館に行き、当日は駐車場が使えなくなるということで、浜松市博物館の無料駐車場に駐車することにした。

14日に資料館で撮った写真が行方不明で、今回は写真は無し。

富山昭著「静岡県 民俗歳時記」によれば、
「遠州大念仏は集団念仏踊りで、伝説によれば、中世の三方原合戦で戦死した将兵たちの亡魂鎮送のために催した大念仏がはじまりという。その盛衰の歴史は紆余曲折を経ているが、最盛時は遠州一円に広がりを見せた大念仏で、昭和5年、各地の代表者が集まって遠州大念仏団(組)を組織した。
それぞれの組の構成は30人から40人、票列は、頭先(先導)、頭(ヒンドウロウという飾り灯篭)、幟、双盤(径50センチ程の大鉦)、笛、太鼓、提灯、供回りが順に並んで歩き、笛、太鼓の道行囃子(みちゆきはやし)を奏しながら初盆の家を訪ねて回る。そこでは作法に従い回向(念仏)、歌枕(使者に捧げる唄)などの曲目を演じ、回向中に編み笠姿の踊り手が太鼓を打ちつつ念仏踊りを踊る。
回向や踊りの合間にも打ち鳴らされる双盤の音色は格別で、それは地を這うごとく深く重く響き、時に天空の彼方へへと聞く者を誘う。同時にそれは、まるで闇夜の冥界にある亡き人々の合唱かとも思われるように長く余韻をとどめている。」

で、15日は夕方市立博物館の駐車場に車を留めて、そこから会場までは歩いて30分ほど。
結構な見物人で賑わっていて、大念仏は19時20分ごろから始まった。

最初に「本沢合組」の演技が40分程あり、間に盆踊りがあって、後半は20時半ごろから「東原組」の演技も40分ほど。





地の底から湧いてくるような「双盤」の響きと、笛の独奏が印象的だった。







富山昭著「静岡県 民俗歳時記」によると、「五月節供の特殊祭事としてその名を知られるのは、周智郡春野町犬居(いぬい)地区に伝わるツナンビキ行事である。」とあり、昨年2018年5月5日に見に行った。

8時過ぎに車で出発、10時ごろ犬居に到着。

家から出てきたおばさまに祭りのあることを確認してから、もう少し先にある街道沿いの売店で助六弁当とお茶を調達してまた犬居に戻り、川沿いに見つけた日陰の駐車スペースに車を留めて、まずはこの祭りが奉げられる「諏訪神社」に参拝。諏訪神社は、熱田神社の境内摂社で、本殿の右側の小さな社が諏訪神社。

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遠州は、どこへ行っても茶畑があり、新緑が美しい。

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そして、この祭りの主役である竜を作っているという気多(けた)川の河原へ向かう。

祭りの流れは、「静岡県 民俗歳時記」と「静岡県の祭ごよみ」を参考にして進める。

「ツナンビキは、初節供の家を訪ねてお祓いをしてまわる行事で、その担い手はこの地区の竜星社(竜勢社?)と呼ばれる青年団組織に属する若者たち(現在は中年が主体のようだ)である。
5月5日の朝早く、気多川の河原に集合した青年達は、藁や竹、それに大量の川柳の葉を用いて大きな竜を作り上げる。
5,6mもの大きな頭部および胴体は青々とした川柳の葉で覆われ、頭部には、葦で作ったツノと背びれ、それにピンクのレンゲ草を束ねて丸めた目が配される。
胴体にはさらに長竹を何本もつなげた30mにも及ぶ尾(?)をつける。」

私が河原へ着いたときは、頭部を作り始めていて、川柳の枝を束ねているところだった。

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13時半ごろ、とりあえず竜はできあがり、皆帰宅して休憩になる。

私は車に戻り、助六で昼食、あとは夕方までインターネットで一仕事。

「祭りは、17時に諏訪神社への参拝から始まり、竜のある河原で竜星社(竜勢社?)の総会が行われ、点呼と規約の読み上げをしてから、持ち寄った料理で直会(なおらい)をする。」

本社である熱田神社の祭礼は別にあるようで、この祭りでは本社の左右にある摂社のみの参拝であった。

「夕方(18時ごろ)、青年達はこの竜をかつぎ上げ、長い尾には綱をつけて子供たちが引き、村の街道へと繰り出す。」

現在は子供たちは見物するほうになっている。

「途中、初節句のある家にさしかかると、竜を何度かその玄関にさし入れて初子のお祓いをする。練りこみを受けた家では、庭先に接待の宴席を設けて青年たちを供応する。」

この竜の玄関への突入がこの祭りのみどころ。

この時は、宴席は、公民館と、初節供の1軒の2か所でそれぞれ1時間ほど行われ、その間私は車に戻り、簡易ベッドに横になって一休み。

「やがて街道を進み終え、役目を果たした竜は村はずれの犬居橋に至って最後は気多川に投げ込まれる。」



21時過ぎに竜が川に投げ込まれ、私も帰路についた。





森町には、舞楽の伝えられている神社が三社あり、そのうち二社、天宮神社の十二段舞楽と、小國神社の十二段舞楽は、四月に行われ、4月7日の天宮神社に続いて、内容はほとんど同じだが、小國神社も見に行った。

小國神社のHP」によると、「毎年4月18日に近い土曜日、日曜日にほぼ1日かけて奉奏しています。」ということで、私は、日曜日の21日に見に行った。

天宮神社では舞楽は午後3時半始まりだったので昼頃に行ったが、小國神社は「ほぼ1日かけて奉奏しています。」ということで、早めに行こうと、9時ごろ車で出発して、10時ごろ到着。

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まずは参拝して、社務所で大黒・恵比寿のお札を買って、舞楽についてのパンフレットもいただく。

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パンフレットによると、

「遠江国一宮である小國神社は大黒様として親しまれる国作りの大神「大己貴命(おおなむちのみこと)」をお祀りし、福徳円満・縁結びのご神徳の厚い神社として県内外より崇敬されています。創建は1460余年前、記録によれば欽明天皇16年(555)本宮山山頂にご神霊が現れ鎮まりました。大宝元年(701)には都より勅使(天皇の使者)が遣わされ、現在の地に社殿を造営し、十二段の舞楽が奉奏されたと伝わります。」

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私は、2016年10月29日にも小國神社に参拝して、その時は、本宮まで片道2時間かけて歩いて登ったが、本宮の前からは浜松市や浜名湖など、遠州を一望でき、「国見」の気分で、なるほど遠州国の一宮だ、と実感した。

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舞楽は、パンフレットによると、

「1300年前から伝わる伝統の舞楽、地域の人々により大切に受け継がれてきた「古式十二段舞楽」は、舞楽人が大神様への真心をもって奉納し、国と地域の平安そして、人々の繁栄の祈りが込められています。」

試楽の土曜日は14時からだが、本祭の日曜日は10:50から、ということで、早めに来てよかった。

舞楽は、天宮神社には無かった、番外の「花の舞」から始まった。

●番外 花の舞

祓いの舞で、舞人以外の神職又は、伶人が奏楽に合わせ竹の筒から切麻を振って舞殿を清めます。



●一番 連舞(えんぶ;普通は「延」の文字が使われるが、ここでは「連」)

舞楽の始めに行う舞で「神に供える」又は「鎮める」意味があります。舞人は稚児二人で天冠を被り鉾をとって舞います。




●二番 色香(しきこう)

大人二人が白色で美しい面をつけ独特の上衣に紫の袴を着て、背に(日・月)の円盤をつけ大きくゆるやかに舞います。

マイクでの解説によると、指で象る菱形は、女性を表わし、立てた指は男性を表わしているそうで、日月、男女、陰陽の舞になる。



●三番 蝶の舞(ちょうのまい)

舞人は稚児四人で布衣をつけ天冠を被り胡蝶が花に遊ぶさまを模して舞います。

●四番 鳥の舞(とりのまい)

蝶の舞と同じく稚児四人で鳥が飛び、遊ぶ姿を模して舞います。装束も蝶の舞と同じですが、舞い方が異なります。



ここで12時を過ぎて、休憩。門前の売店で粽を2個買って車にもどり、持参したビールで昼食とする。しかし、それでは足らず、いつものようにカップ麺も食す。

14時から「神幸行列」があるので、13時45分ごろ境内に戻り行列と、「御幸所」での神事を見物する。



そして15時40分、舞楽の続きが始まる。

●五番 太平楽(たいへいらく)

乱世を正すと伝わるめでたい舞で「太刀舞」とも呼ばれます。稚児四人が鳥兜を被り鉾や太刀を持って勇壮に舞います。



●六番 新まっく(新靺鞨)

古くは「新麻久」と呼ばれ舞人は稚児四人で樺色の布衣を着けて舞います。



中入りの休憩。

また門前の売店で何か買おうと思ったが、15時半で終わりとのことで、しょうがないからまた車に戻ってカップ麺とビール。

夜の部は17:40から始まる。

●七番 安摩(あま)

紙の面をつけ、青色の狩衣に冠を被り、手に笏を持って舞います。舞の途中で一切の伴奏がなくなる独特なものです。



●八番 二の舞(にのまい)

老爺と老婆が安摩を真似てうまくいかない様を滑稽に舞います。この姿が「二の舞を演じる」の語源となりました。



●九番陵王(りょうおう)

竜頭を着けた恐ろしい面を被り一尺余の桴を持って舞います。赤みがかった装束を着けて勇壮に舞います。



●十番 抜頭(ばとう)

稚児の一人舞いで白地に刺繍の装束で舞います。二日目には「座頭の坊」と称する舞子が大騒ぎを演じます。



●十一番 納蘇利(なっそり)

恐ろしい面をつけ赤い装束を着て天を仰ぐように舞います。活発に動く舞ですが、その面の表情から見る者に重厚さをかんじさせます。



●十二番 獅子(しし)

俗に獅子伏せと言い大人三人で舞います。邪気払いとも五穀豊穣の祈りとも伝えられる祝儀舞です。舞曲共に勇壮かつ華やかに舞います。

最後に提灯を獅子が頭突きで飛ばして、観衆がそれを奪い合っていた。



最後の提灯の争奪戦や舞楽終了後の餅投げには地元の人たちが大勢集まってきた。

私は獅子を見て8時半ごろ帰途についた。



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