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熱田神宮の正門になる南の鳥居をくぐるとすぐ左手に摂社の「上知我麻(かみちかま)神社」があり、鳥居をくぐってその境内に入ると右手に別宮の「八剣宮(はっけん)ぐう」がある。
上知我麻神社の社務所で境内の絵地図をもらえたので、境内にある摂社・末社の位置がわかり、大変役に立った。
上知我麻神社は、熱田神宮のHPによると、「尾張国造「乎止與命(おとよのみこと)」をお祀りし、熱田の地主神とされます。「知恵の文殊様」として崇(あが)められ合格祈願に詣でる方が多い神社です。
この社の境内に、大国主社(おおくにぬししゃ・大黒様)、事代主社(ことしろぬししゃ・恵比須様)をお祀りし、毎年1月5日は「初えびす」として盛大なにぎわいを見せます。」とのことだ。
http://www.atsutajingu.or.jp/jingu/about/yukari/
乎止與命は、建稲種命と宮津媛命の父親で、大和国高尾張邑(奈良県御所市)の出とされ、尾張大印岐(おわりのおおいみき)の娘、真敷刀婢(ましきとべ)を娶り、成務天皇の時代に尾張国造となったとされる。
もとは熱田の市場町にあったのが、昭和24年12月2日に道路区域整備のため、現在の場所に移築されたそうで、今の場所にあるのはそんなに古いことではない。
http://www.geocities.jp/engishiki01/owari/bun/ow100702-01.html
熱田の地主神ということで、国津神の大国主神と事代主神を左右に祀ってあり、もともとは上知我麻神社がこの地の尾張氏の氏神様だったのかなあ、とも思う。
八剣宮はやはり熱田神宮のHPによると、「元明天皇の和銅元年(708)、宝剣を新たに鋳造し創祀されました。一の鳥居(南門)の西側に鎮座し、本宮と同じ祭神をお祀りします。社殿も本宮と同じ造りで年中祭儀も同様に行われます。
八剣宮は武門の信仰が篤く、織田信長、徳川綱吉等により社殿の修造造営が行われてきました。なお、別宮とは名が示すように本殿の別れとして祀られ篤い崇敬を受けます。」とのことで、本宮のスペアーのような存在だ。
元明天皇といえば、奈良の都へ遷都した女帝だが、和銅の年号は武蔵の国の秩父から和銅(精錬を要しない自然銅)が献上されたことに由来するそうで、その銅を使って宝剣を作ったんだろうか。。。
いずれにしろ、この両社の第一印象では、非常に美しい、と感じた。
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