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正門からはいってすぐ、参道をはさんで、西に昨日の上知我麻神社と八剣宮があり、東側にまず「日割御子神社(ひさきみこじんじゃ)」があり、その北側に造りはそっくりな「孫若御子神社(ひこわかみこじんじゃ)」がある。
日割御子神社は、やはり熱田神宮のHPによれば、「天忍穂耳尊(あまのおしほみみのみこと)をお祀りする式内名神大社です。この鎮座地は往古、海に臨む「干崎(ひさき)」と呼ばれたと伝えられております。」ということで、天忍穂耳尊は、天照大神の御子で、尾張氏の祖神である天火明命(あまのほあかりのみこと)の父にあたる。
孫若御子神社は、「尾張氏の祖とされる天火明命をお祀りしております。式内名神大社に列せられております。」ということで、天照大神の孫神にあたり、天孫降臨の瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)とは兄弟神になる。
この2社と本宮の天照大神と合わせて、尾張氏が天照大神につながる祖神3代が祀られていることになる。
尾張氏は神代までさかのぼると、天皇家の親族で、熱田神宮が伊勢神宮とならぶ神宮である由縁はここにあるんだな。
そして、孫若御子神社に北に「南新宮社(みなみしんぐうしゃ)」がある。
「疫病退散を願う「京都祇園まつり」で有名な八坂神社のご祭神と同じ素盞嗚尊(すさのおのみこと)をお祀りし、6月5日を祭日として南新宮社祭を行っております。当神宮唯一の丹塗りの社殿です。」
この社の脇に、「八子社(やこのやしろ)」があり、少し離れて「曽志茂利(そしもり)社」がある。
八子社は、天照大神と素戔鳴尊の誓約(うけい)から生まれた、多紀理毘売命、市寸島比売命、多岐都比売命の3柱の女神と、正勝吾勝勝速日天之忍穂耳命、天之菩卑能命、天津日子根命、活津日子根命、熊野久須毘命の5柱の男神を五男三女神として祭っている。
曽志茂利社は、居茂利大神(素戔鳴尊)を祀る。
曾尸茂梨(そしもり)は新羅の地名だそうで、金達寿著の「日本の中の朝鮮文化3 近江・大和」によれば、「曾尸茂梨の曾はもとより、熊曾の曾や筑紫の紫も新羅の原号であったソ=斯羅(しら)(羅は那と同じで国土という意)からきたもので、これはさらに転訛して阿蘇、伊蘇、伊勢、宇佐、須佐、周防、諏訪などとなっている。須佐之男命(素戔鳴尊)の須佐なども、これからきていることももちろんである。」とある。
この社は丹塗りになっているのも下記のように素戔鳴尊が渡来神であることをよく表わしているように思われる。
「この丹塗りの建物は多分に中国・朝鮮などの文化の影響が色濃いようです。稲荷神社の御本社である京都・伏見稲荷大社は元々、古代、朝鮮からの渡来氏族である秦氏(はたうじ)の氏神であり、このことが直接的に社殿の色にも表れたのではないかと思われます。朱色とはまさに血液の色であり、大陸ではこの色が最も生命的な躍動を現すとともに、災厄を防ぐ色としても重視されました。大陸文化との交流により稲荷神社をはじめ、その他の神社仏閣にもその影響が見られるようになったのです。」
http://www.hpmix.com/home/hachiman/C7_4.htm
この社の存在が、素戔鳴尊と新羅とのつながりを表わしているように思われる。
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