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六末社を参ってから参道に戻り、三の鳥居をくぐって本宮に参った。
それから向かって右方の神楽殿の裏手のほうへまわった。
神楽殿のすぐ後方に「土用殿(どようでん)」がある。
神宮のHPによると下記のようになる。
「神楽殿の北に位置し、もと、草薙神剣を奉安した御殿で、旧本殿の東に相並んで鎮座していました。様式は宝庫造、俗に井楼組(せいろうぐみ)と呼ばれる造りで、屋根切妻桧皮葺の箱棟です。」
もっと奥まで続く道に、奥へ向かって順に龍神社・御田神社・清水社がある。
「龍神社(りゅうじんじゃ)」
「吉備武彦命(きびたけひこのみこと)、大伴武日命(おおともたけひのみこと)をお祀りしております。『日本書紀』には、景行天皇より日本武尊に遣わされた東征に従う神々としてその名が記されております。」
この二人は、東征に従ったわけだから、建稲種命の同僚ということになる。
「御田神社(みたじんじゃ)」
「五穀豊穰の守護神である「大年神(おおとしのかみ)」をお祀りしております。大年神の「年」の字には、穀物、特に穂が稔るという意味があり、農耕中心の日本人においてどれほど大事な神様か、容易に推察が出来る事でしょう。
この社の祈年(きねん)・新嘗(にいなめ)の両祭に奉る神饌(しんせん:神様へのお供えもの)はまず烏に食べさせる信仰が残っており、祭員がホーホーと烏を呼びながら、御供(ごく)を土用殿の屋根の上に投げ上げます(烏喰の儀)。昔は烏が飛んできてそれを食べなければ、祭典が行われなかったといわれております。
6月18日には御田植祭(おたうえさい)が行われます。」
大年神はwikipediaによれば、「素戔鳴尊と神大市比売(かむおおいちひめ。大山津見神の娘)の間に生まれた子で、両神の間の子にはほかに宇迦之御魂神がおり、これも穀物神である」そうだ。
また多くの神の父とされていて、子神のなかに、韓(から)神 (朝鮮からの渡来氏族が信仰した神)、曾富理(そほり)神(新羅の王都(ソウル)の意か )があるのは興味深い。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B4%E7%A5%9E
「清水社(しみずしゃ)」
「本殿の東、御田神社の北に鎮座。御祭神は水をつかさどる神様である罔象女神(みずはのめのかみ)をお祀りしております。
社殿の奥に水が湧いていることから、俗に「お清水(しみず)さま」と呼ばれ、その水で眼を洗えば眼がよくなり、肌を洗えば肌がきれいになるという信仰があります。」
熱田は大きな森に湧き水もあり、聖域としてふさわしい。
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