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白鳥古墳と断夫山古墳

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20日、熱田神宮に参ったあと、その西北にある白鳥古墳と断夫山古墳に向かった。

西に歩いて堀川に出て、川沿いにちょっと北へあるくと白鳥古墳の道標があって、細い路地を古墳の方へ入る。

白鳥古墳(しろとりこふん)は、wikipediaによると、

「全長70m、6世紀初頭に築造されたと考えられている前方後円墳。死後、白鳥となった日本武尊が舞い降りた地と伝えられる事から、日本武尊の陵墓とされてきた。現在では尾張氏の陵墓と考えられている。」

そこから北東にちょっと行くと、断夫山古墳(だんぷさん・だんぷやまこふん)がある。

「全長151m。東海地方最大の前方後円墳で 6世紀初頭に築造されたと考えられている。日本武尊の妃・宮簀媛(ミヤズヒメ)の墓と伝えられるが、現在では 5ー6世紀に周辺の海人(当時、伊勢湾は現在より北まで入り込んでいた)に影響力を持っていた尾張氏の首長で、娘である目子媛(めのこひめ)をオホド王(後の継体天皇)に嫁がせた事で天皇の外戚となった尾張連草香(おわりのむらじくさか)の墓と考えられている。」

継体天皇の即位は6世紀初頭とのことで、娘を継体天皇に嫁がせた尾張連草香の時代と、古墳が造られた時代とは一致する。

以前は、両古墳は日本武尊伝承に合わせて主は尊と宮簀媛とされていたそうだが、尾張氏の首長の古墳である、というほうが素直にかんがえればそうだと思う。

せっかく来たからにはと断夫山古墳をぐるりと一回りしてから、熱田神宮の境外摂社の「高座結御子神社」へ向かった。

神社のすぐ近くにレトロな小学校の建物が残されていた。

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