なべさんの中国情報

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20日、断夫山古墳から境内に古墳があるという「高座結御子(たかくらむすびみこ)神社」へ向かった。

思っていたより大きな森と社殿だった。

とりあえず社務所で「高座結御子神社の栞」をもらう。

それによれば、祭神と由来は下記のようになる。

祭神:高倉下命(たかくらじのみこと)

境内の末社
鉾取社 鉾取(ほことり)神
新宮社 素盞鳴尊
御井社 御井神
稲荷社 宇迦之御魂(うかのみたまのかみ)神 名前の「ウカ」は穀物・食物の意味で、穀物の神である。京都・伏見稲荷大社の主祭神)

「高倉下命は饒速日(にぎはやひ)命の御子で、神武天皇東征に際し、韴霊剣(ふつのみたまのつるぎ;石上神宮に祀る)を献上され、大きな功績がありました。高倉下の意味は高倉主(たかくらじ)、つまり字のしめすとおり霊剣を納めてある倉の主の意であります。
熱田神宮の御祭神が尾張をはじめ東海一円の国土安穏、民生加護につとめられて大きな功績をのこされている様に、高倉下命も尾張の祖神として、特にこの高蔵一帯の地の鎮守神、産土神として崇敬が篤く、現在に至っております。
当神社の鎮座年代は不明ですが、熱田神宮が景行天皇の御代にすでに鎮座されておりますので、その時代かあるいは少し遅れて天武天皇の御代ともいわれ、延喜式神明帳の名神大社に列し、古くから熱田神宮と極めて深い結びつきをもった神社として、年毎に栄え信仰をあつめてまいりました。」

また、史跡の欄に、「陀武夫(だむぷ)御墓」とあり、断夫山古墳の主は、「陀武夫」らしいが、ネット検索しても、陀武夫はヒットしなかった。

境内の左手に新宮社と高座稲荷があり、稲荷の鳥居が並ぶ右手にこんもりと盛り上がった「高蔵4号墳」がある。

「なごやの古代遺跡を歩く」によれば、直径17m、高さ3m。発掘調査はされていないが、神社周辺の古墳群で発掘調査されている1号墳と同じように、川原石を積み上げて築いた複室構造の横穴式石室のある古墳らしい。

同書によれば、積み上げられた川原石は木曽川中流域から運ばれたものだそうで、その地域の首長や技術を持つ人たちと、高蔵の地の人たちとの交流を知ることができる、としている。

境内には例によって、巨大な楠の神木があり、また、古墳のそばによく見られるという「鹿子の木(かごのき)」という木を知ることができた。

神社の東から北側は公園になっていて、そこが「高蔵遺跡」とのことだ。

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