|
ホケノ山古墳から山の辺の道の本道沿いにある桧原神社に向かう。
今回も神社前の茶店で休憩して神社に参ると、例祭か、神職が供え物をして祝詞をあげるのに行きあたった。
ここから山の辺の道本道を北へ歩く。
しばらくは山の中の道が続き、途中から舗装された道になる。
また本道をはずれて、巻向山の中腹にある相撲神社へ向かうと、途中に「景行天皇纒向日代宮跡」の石柱がある。
ここの説明版で、日本武尊の遺言で神代文字による『秀真伝』という文献が編纂されていることを知る。
宮跡は見晴らしのいいところにあり、ふもとに巨大な景行天皇陵が見える。
ここのふもとの纒向遺跡が卑弥呼のころの都市あったとのことで、邪馬台国大和説が力を持ちつつある。
でも私は邪馬台国九州説を支持している。
ここからもう少し山を登ると、兵主神社があるが、その手前に「相撲神社」がある。
垂仁天皇の時、はじめて相撲の午前試合が行われ、その勝者の「野美宿禰」が祀られている。
鳥居をくぐって正面に丸い広場があり、これが土俵であろう。
拝殿などはなく、土俵脇の森の中に小さな社が祀られているだけだった。
|
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2010年07月17日
全1ページ
[1]
全1ページ
[1]



