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お旅所から山の辺の道を北へ少し進むと念仏寺があり、その墓地を抜ける道になる。
この道でいいのかなあ、、、、とやや不安であったが、墓地を抜けると集落になり、左手に五社神社があって、そこから右折して「西殿塚古墳(衾田陵)」へ向かう。
集落の東側にこれもまた巨大な西殿塚古墳があった。
この古墳は、継体天皇の皇后「手白香皇女」のお墓とされているが、継体天皇の時代は後期前方後円墳の時代5C後半から6C前半の人で、この古墳は前期古墳とされていて、時代のずれが大きく、天皇陵の比定のいい加減なことを示す代表として有名だ。
また本道へもどり北へ進むと萱生(かよう)町にはいり、集落の西側に「西山塚古墳がある。
大和古墳群のなかで、この古墳だけが後期の前方後円墳だそうで、これが衾田陵だとしてもおかしくないなあ。。。。。
ここの集落も立派なお屋敷が立ち並ぶ。
この日の山の辺の道の散歩はここまでで山を降り、大和神社へ向かう。 |
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2010年07月30日
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