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次郎兵衛塚古墳の横に公民館があり、その中に「川合考古資料館」がある。
「鳥つまみ蓋付須恵器」という宮之脇11号墳から出土した大形の須恵器がここの一番の呼び物で、それを見るのを楽しみにしていったが、親・子・孫鳥がそれぞれ背中にのった蓋が補修のためか無くてガッカリした。
水鳥は、死者が黄泉の国へ旅立つ時の水先案内役と考えられていたそうで、渡り鳥が毎年同じ時期にやってきて、またどこかへ帰っていく様が、輪廻につながっているのかもしれんなあ。。。。。。
宮之脇11号墳からは、「尾張型埴輪」も出土しているそうで、この地域は尾張氏との関係がある。
この川合の地は、「古東山道」や木曽川、飛騨川の交通の要路で、古墳時代前半の諸国の土器が集まっている。
宮之脇2号墳から出土したという「銀象嵌直刀」も見事だった。
朝鮮半島から伝わった、復元された「甑(こしき)」と竈も展示されていたが、竈の上にのっている壺には角のような取っ手が付いていて、これは、以前NHKの番組で「朝鮮式土器」として説明されていたものと同じ形だ。
高座結御子神社の高蔵1号墳と同じ構造という稲荷塚2号墳についての説明もあったが、その主は、次郎兵衛塚古墳の主に仕える重臣であったようだ。
この地域は縄文時代から集落が形成されていたところだそうで、船の形をした縄文土器も出土している。
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2010年09月14日
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