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3日、諸鑃神社から大県神社に向かった。
途中、これから坂になるというところの交差点の信号に「上小針(かみこばり)」と町名が表示されていた。
「小針」といえば、尾張神社のあるところも小針で、「おわり」の語源ではないかといわれている。
http://blogs.yahoo.co.jp/nabesan88com/50956331.html
大県神社への道は、初詣の車列が続き、境内もけっこうな人で賑わっていた。
神社について、wikipediaによると、
「社伝によれば「垂仁天皇27年(紀元前3年)に、本宮山の山頂から現在地に移転した」とある。
祭神は、大縣大神(おおあがたのおおかみ)としている。大縣大神は、国狭槌尊とする説、天津彦根命(大縣主の祖神)とする説、少彦名命とする説、大荒田命(日本武尊の三世孫で迩波縣君の祖)とする説、武恵賀前命(神八井耳命の孫)とする説などがあり、はっきりしない。いずれにしても、「大縣大神は、尾張国開拓の祖神である」とされている。 境内には、いくつかの境内社がある。かつては別宮二社、末社52社があったとされる。その中の一つの摂社の姫の宮には、玉姫命が祀られている(倉稲魂神とする説もある)。ここは古来より安産・子授など女性の守護神として崇敬されており、女陰をかたどった石などが奉納されている。これは田縣神社の男根に対応するものである。本宮山の山頂には、大縣大神の荒魂を祀る本宮社がある。
また同神社は、愛知県で二番目に大きい前方後円墳である茶臼山古墳(青塚古墳)も管理している。付近には、円墳などの古墳群が点在する。
豊年祭は、「姫の宮祭り」とも言う。毎年3月15日の直前の日曜日に行なわれる祭事。女陰をかたどったものを巫女たちが抱えて練り歩く。このお祭りと対になっているのが、田縣(たがた)神社の豊年祭で、こちらでは男根をかたどった神輿やものを担いで練り歩く。」
祭神の大県大神というと、熱田神宮の熱田大神と同じような命名で、素直にうけとれば、この土地の氏神様になるんだろう。
由緒書きによれば、「社殿は、尾張造の構造様式を正確に伝え」とあり、明治時代に神明造に作り変えられた熱田神宮も、以前はこんな姿だったんだなあ。。。。
本社よこに「大国・恵比寿神社」が、山寄りに「姫之宮」がある。
本社のほうはそんなでもなかったが、これらの2社には初詣客がずらりと並んでいたので、私はお参りは本社だけにした。
ちょうど3日が「初えびす」ということでこんなに人手が多かったんだろう。
熱田神宮の境内にある「上知我麻神社」の前にも左右に大国主と恵比寿様が祀られていて、昨日5日は初えびすだったが、尾張の神様は大国主と恵比寿様との関係が深いんだろうか。。。
姫之宮の裏手に、「姫石」が祀られている。
こういうのは、田県神社の男根と対をなしているようだが、昔からあったものだろうか。。。
「解除社」という社もあったが、どういう神様かはよくわからない。
人が多くてゆっくり観察もできないので、境内の奥、本宮山の頂上にある本宮社に続く道を進んだ。
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