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21日、高蔵寺から庄内川を渡り、志段味(しだみ)の古墳群へ向かう。
庄内川を渡ると、名古屋市の守山区の域内になる。
「志段味」というのは、角川日本地名大辞典によれば、「庄内川上流左岸、地名は、尾張山(東谷山)の峰よりしたたる水の幅広く落ちる所の意であるという」とあり、東谷山を「尾張山」ともよぶということを知る。
前回来たとき行き着いた交差点まで行くと、おじいさんがやってきたので、とりあえず勝手塚古墳がある「勝手社」の場所を教えてもらい、向かう。
勝手社は大きな森になっていて、それとわかる。
ここ志段味に分布する帆立貝式の前方後円墳は5世紀後半の築造だそうで、雄略天皇から継体天皇のころになる。 墳頂に勝手社の社殿が建つ。
勝手神社は、奈良県の吉野山にあり、その祭神が、天照大神の子神の天忍穂耳尊。
明治時代に八剣大明神と山の神社が合祀されて、天照大神、日本武尊、大山祇命も祀られている。
拝殿の妻飾りには、菊と五七桐(ごしちぎり)の神紋がならび、五七桐も皇室の副紋として用いられているそうで、天孫族にまつわる神社であることを主張しているように感じる。
本殿には木彫りの飾りがあり、脇障子の鯉は滝を昇らず下っている。
両脇の飾りは、鶏と獅子で、ここでも八剣社と鶏の結びつきが見られた。
本殿右横に、「二十二夜」の石塔が立ち、私としては初見。
春日井市のHPによると、
「市内の東部地区に多く、二十二夜様といって、大泉寺、明知などでは提灯山で賑わったところもあった。市内では、広く「お立待ち」とよばれ、日没から月の出るまでの時間を立って待ち願いごとがかなうように祈った。」
二十二夜は下弦の半月で、石塔の左脇は半月状に膨らんでいる。
このあと、二十二夜の石塔をいくつも見ることになり、この庄内川上流域の村々で信仰されているようだ。 |
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2010年03月25日
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