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関ヶ原の集落の西の端が「不破の関跡」であった。
関所は大海人皇子が天武天皇となってから設置されたもので、壬申の乱のまえから関所があったわけではない。
関所跡は民家が立ち並び、旧街道沿いのあちらこちらに史跡の説明板が立つ。
民家のガレージと思われる建物脇の細い路地を入るとその裏の茶畑の中に大海人皇子が兜を掛けたという石と沓をぬいだという石がある。
「沓脱石は、兜掛石の左斜めうしろにある」と説明板にかかれているので、兜掛石の祠の後ろにまわると何もないので、おかしいな、と思ったら、茶畑で作業をしていたおばさまが、「そこじゃなくてあっちだよ。うしろにあると書かれているからみんな間違えるのよ」と少し離れたところ、後ろというより左横のほうを指差して教えてくれた。
不破の関資料館があり、内部は写真撮影が禁止であったが、そんなに内容が充実しているわけではなかった。
ここへ来るときに「井上神社」の石柱の前を通ったが、夕暮れまで余り時間がなかったので通り過ぎてしまったが、、その神社は、天武天皇を祀っているということなので、神社へ向かうことにした。
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2011年01月16日
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