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昨日、4月29日に尾張一宮の真清田神社で「舞楽神事」が行われたので見に行った。
神社でいただいた「管弦舞楽目録」に雅楽について、下記のように解説があり、勉強になった。
「雅楽とは、俗楽に対する「雅正の楽」(正統の音楽)という意味を持っており、大宝律令(701)で官中に創設された雅楽寮(うたまいのつかさ)(大陸・朝鮮半島等)の音楽と舞を指します。現在広義的に使われる「雅楽」の意味は、これら外来の音楽に加え、日本古来の音楽(国風歌舞(くにふうのうたまい))や平安期に作られた歌曲をふくんだものであります。 雅楽の演奏形態は主として下記のように大別されます。雅楽とは古来日本人が守り伝えて来た独自の音楽と、古代において日本に渡来した音楽とが混含し現在まで連綿として伝わるものです。
舞楽 左舞(唐楽) 大陸、南方より伝来
右舞(高麗楽) 朝鮮半島より伝来 管弦 唐楽に属し六調子(壱越調・平調・双調・黄鐘調・盤渉調・太食調)から成る
国風歌舞 神楽歌など(日本古来のもの)
真清田神社には鎌倉・室町期に製作された舞楽面が多数保存されていることから、古くら舞楽が盛んに行われていたことが窺えます。保存されている舞楽面の内容は[「陵王(りょうおう)」「還城楽(げんじょうらく)」「八仙」「納曽利(なそり)」「貴徳(きとく)」「抜頭(ばとう)」など多岐にわたり、その多くが国の重要文化財に指定されています。即ち真清田神社が雅楽の歴史上担ってきた役割は大きいものといえます。なかでも特筆すべきは神楽「久米舞」(久米歌〉についてです。現在でも宮中の即位礼に必ず奏されるこの舞は室町時代に一度途絶え、さらに江戸時代の文政年間に再興されるのですが、尾張藩に仕え、当神社と親交の深かった名古屋の国学者である「河村秀根(ひでね)」が、当社の神職家「林三之権(はやしさんのごん)」の烏帽子箱の中から久米舞楽譜を発見し、その子息である「河村益根」がこれを紹介したという出来事がこの舞の復興につながったのです。」
このように真清田神社は神武天皇東征にゆかりの久米舞の復興に寄与したそうで、現在、真清田神社でも習得に努めているそうで、来年か再来年の舞楽神事で披露されるそうだ。 さて、昨日は御前10時開演で、天気にも恵まれて爽やかなひと時をすごす事ができた。
まずは、神楽の「桃豊舞(とうほまい)」から始まった。
目録には下記のようにある。
「昭和47年4月3日当社御鎮座2600年祭斎行の際、神宮斎主北白川房子様より当社に賜った御歌「ますみ田の、神のやしろのとことはに、いやさかゆくを、いのりつづけむ」に元宮内庁楽部主席楽長東儀文隆先生が作曲、元宮内庁楽部楽長薗廣晴先生が作舞した神楽舞で、当真清田神社の隆昌を祈る舞として祭典・結婚式を始め様々な機難鞠神前で奉奏されています。」
次に管弦が2曲で、目録には下記のように解説がある。
「古代中国の音論では複雑な楽理からなる多数の調子があり、それが日本では6つの調子にまとめられました。今回はその中でも壱越調(いちこつちょう)(西洋音楽におけるD音を基音とする)の管弦楽曲を2曲演奏します。」
ビデオは2曲目の「酒胡子(しゅこし)」
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2011年04月30日
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