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6月24日、伊雑宮の御田植式を見に行ったが、近鉄で往復約4000円かかり、近鉄では4000円で「週末3日間フリー切符」を販売しているので、その切符を買っておいた。
ただ、この切符は当日の購入はダメなので、前日の23日に名古屋駅へ行く用事があったついでに買っておいた。
で、26日の日曜日に、また「お伊勢さん125社めぐり」にでかけて、今回は五十鈴川の川べりをめぐり歩いた。
また、5:30の鳥羽行き急行で「五十鈴川駅」に7時ごろ到着、駅から内宮へ続く道の途中にある内宮の別宮「月読宮」へ向かうと、正面に「鼓ケ岳」が見える。
鼓ケ岳は、筑紫申真著「アマテラスの誕生」によると、
「鼓ケ岳は、五十鈴川をへだてて、皇大神宮の西側にある山です。宇治と山田をむすぶ有名な門前町、古市の町の南続きの位置にあり、この山は、五十鈴川沿いの平野部からながめると、みごとな円錐形をしています。五十鈴川の西側の山地一帯を神路山とよんでいますが、鼓ケ岳はそのなかでもいちばんきわだって人目をひく、うつくしい形の山です。神路山とは、カミの通い路の山という意味です。つまり、鼓ケ岳は、アマテラスが天からおりてきた通路の山であり、また天へかえってゆく通路の山であったわけです。第一史料の「則ち天照大神の始めて天より降ります処なり」という文章が教えてくれることは、つぎのとおりです。アマテラスオオカミは、『日本書紀』が述べているように、大和国から伊勢に移してまつられたものではない。アマテラスは、もともと宇治において、天から、人びとのまつりをうけるためにおりてきていた、そういう、地方のカミであったということ。さらに、そのような天から地上におりてくるカミは、はなはだ自然神的であって、宇治におけるアマテラスオオカミは、必ずしも最初からアマテラスオオカミとよばれる天皇家の先祖のカミではなく、天空現象の自然神であった過去をもっている、ということです。」
五十鈴川めぐりで歩いていると、常にこの鼓ケ岳を仰ぎ見ることができ、山をみて自分の位置を知る「山あて」にも大切な存在であったろうと思う。
駅から500mぐらいで「月読宮」の鳥居にたどり着く。
ここの社叢は大きく、深い森の中を続く参道はかなり長く、その中を歩くのはすがすがしい。
森を社殿のあるところへ抜ける手前に樹齢800年といわれる大きな楠があって、その前に小さな祠がある。
森を抜けると向かって左から「伊佐奈弥宮(いざなみのみや)(伊奘冊尊)」「伊佐奈岐宮(いざなぎのみや)(伊奘諾尊)」月読宮(つきよみのみや)(月読尊)」「月読荒御魂宮(つきよみあらみたまのみや)」が南南東向きに並ぶ。
月読尊は、天照大神、素戔鳴尊、とともに生まれた、夜之食国(よるのおすくに)を治める神様で、天照大神の太陽に対する神様だ。
この4つの宮は、月読宮、月読荒御魂宮、伊佐奈岐宮、伊佐奈弥宮の順に参拝するように案内板がある。
裏参道の入口近くに、内宮末社の「葭原神社(あしはらじんじゃ)」がある。
ガイドブックによると、祭神は、佐佐津比古命(ささつひこのみこと)、宇加乃御玉御祖命(うかのみたまのみおやのみこと)、伊加利比売命(いかりひめのみこと)で、田畑を守護する五穀豊穣の神さまであるそうだ。
裏参道入口前の信号を渡って、集落へ入る道をまっすぐ行くと、内宮摂社の「宇治山田神社(うじようだじんじゃ)」のある「興玉の森(おきたまのもり)」が右手に見える。
森の入口から石段を上ると、社殿が南南東向きに建つ。
祭神は、山田姫命(ようだひめのみこと)で、大水上神(おおみなかみのかみ)の御子で水の神。
この社には、内宮末社の「那自賣神社(なじめじんじゃ)」も祀られていて、その祭神は、大水上御祖命(おおみなかみのみおやのみこと)と御裳乃須蘇比賣命(みものすそひめのみこと)で、五十鈴川の川水の守り神。
両社とも倭姫命が定めたのだそうだ。
参道を下り戻ると、正面にはまた鼓ケ岳が見える。
この集落を抜けると五十鈴川に出る。
五十鈴川をはさんで鼓ケ岳の対岸に内宮がある。
川のほうから堤防へ大きなタモ網を持ったおじいちゃんと子供の二人連れが自転車を押して上がってきたので、何が獲れるんだろうと聞いてみると、川のゴミをすくっているんだそうで、地元の人たちが川を大切に守っているんだなあ、と感心した。 |

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