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二見シーパラダイスから国道42号へ出て、鳥羽方向へ少し歩くと信号があり、そこから「江」の集落へ入る道がある。
江の集落にも趣のある建物がつらなる。
目指す内宮摂社の「江神社」は集落のはずれの音無山のふもとの森のなかにあった。
ガイドブックによると、祭神は、長口女命(ながくちめのみこと)、大歳御祖命(おおとしのみおやのみこと)、宇加乃御玉命(うかのみたまのみこと)。
「倭姫命が御塩浜から船で五十鈴川の入江に着かれ、佐見津日子命がここで迎えられたといいます。名の由来は入江があったことからで、入江を巻いて絵のように松が並んでいたので俗に巻江(蒔絵)の明神ともよばれます。」
今は、蒔絵の面影はないが、東のほうに次に向かう「神前神社(こうざきじんじゃ)」のある小井戸口山が見える。
また、集落の南のはずれには「栄野神社((えいのじんじゃ)」がある。
説明板があり、
「栄野神社は二見興玉神社の摂社で大字「江」の氏神でもあります。
祭神は、天照大神を倭姫命が奉遷されたとき、当地の海岸に着船、出迎えた「佐見都比古命(さみつひこのみこと)」と、倭姫命が国名を問われた折、二見と答えた「大若子命(おおわくこのみこと)」のニ座が祀られています。
大若子命は当社の境内社、若宮社に祀られていたが、明治43年3月30日に合祀されました。その後、昭和20年7月8日に二見興玉神社に合祀され、同26年1月、当地に再び遷座されました。
例祭日は毎年1月14日、湯立(ゆたて)神事が行われております。この神事は祭場に大釜を据え、薪を焚いて湯を沸かし、その滾り湯(たぎりゆ)に束ねた熊笹を漬け、氏子崇敬者の頭上に振り注ぎ、清め祓いをします。この湯が体にかかると、その一年は無病息災という古い伝えがあります。」
社殿は、南向きに建つ。
本殿は、ここも神明造り。
また元きた道を戻り、途中「太江寺(たいこうじ)」による。
由緒書の掲示板があったが、字がかすれて読みづらく、とりあえず、天平年間僧行基の開基と伝えられている、ということはわかった。
幟には夫婦岩とその真ん中にご本尊の千手菩薩像が描かれている。
弘法大師が護摩修行をしたことでも有名だそうで、この日はちょうど、修験者が護摩供養をして、火渡りを行うようであったが、私は、先を急いだ。
五十鈴川を渡る橋の方へ行く分かれ道に道標があり、「猿田彦石」という石が「すぐそこ」と書かれていたので橋のほうへ行ってみたがそれらしい石は見当たらず、ひょっとすると標識のすぐ隣にあった大石がそれか、と気がついて戻った。
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