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8月22日夜、岐阜県笠松円城寺の秋葉神社で県の重要無形民俗文化財「芭蕉踊(ばしょうおどり)」がある、ということで見に行った。
秋葉神社は、名鉄笠松駅から東へ30分ばかり歩いた木曽川堤のうぐ内側にある。
私が神社に着いたのは18時前で、秋葉神社の小さな社は東南東向きで、ちょうど真後ろに太陽があった。
その前方左右に、お稲荷さんと「鍬山神宮」の社もある。
鳥居のそばに、「木曽川円城寺渡船場跡」の石燈篭も立ち、その標識には、
「昔は、南の堤もなく、川岸にこの常夜灯があった。3kmほど離れた所に道標ができ、昭和15年渡場はなくなった。」
夕暮れがせまると、「御神燈」がワッショイ・ワッショイと運ばれてくる。
御神燈には、川柳や漫画のキャラクターなどがかかれている。
日が暮れると小学校低学年の子供たちの盆踊りが始まった。
盆踊りが盛り上がってきた20時、いよいよ小学校高学年により保存されている「芭蕉踊」の一団がやってきた。
この芭蕉踊については、岐阜県のHPによると、
「芭蕉踊は毎年、8月22日の秋葉神社の祭礼に奉納される風流踊りである。この踊りの芭蕉は、青竹で作り、太さ7寸(21cm)、長さ12尺(363cm)で、子供用は260cm、その上部を1年の月数の12で割り、雨乞祈願には白紙、お礼参りには5色(金銀赤青黒)の色紙を用いる。
道行は、紋を付けた高張提灯持ちを先頭に、弓張提灯を持つ町内会長(もとは庄屋)がつづき、歌方・笛方、続いて鐘方・踊り方が交互に8人(又は16人)がつづいて、これに警護役(1人か2人で踊り方に事故のとき交代する後見的な役)とつづき、最後に全般の世話方が従う。
この行列は、道行の曲に合わせて境内に練り込み、円陣を作って踊る。まず、「かけ踊り」から始まって「拍子踊り」「ひねり踊り」の順で3つの踊りが奉納される。
この踊りの創始は不明で、一説には鎌倉時代とするが確証がなく、手力雄神社の奉納額にみえる天保3年(1832)とされている。しかし、大正12年(1923)を最後に中絶して半世紀、ようやく昭和47年(1972)古老の衆知を集めて復活され、翌年保存会規約が定められたが、成人会員の確保が困難となり、同56年(1981)からは、小学生上級生が練習に励んでいる。」
先頭の高張提灯には「丸八」の紋がついていて、この紋は名古屋市のマークと同じなので、何でか、と気になった。
インターネットで「鍬山神社」について検索していて、京都の鍬山神社について、
「大己貴命の招集した八神、丹波康頼が献上した八田、天岡山に降臨した八幡神など八が当社のキーワードになっているようで興味深い。」
という記述をみつけ、どうもこの「丸八」の紋は、鍬山神社に関係があるらしい。
この芭蕉踊は、雨乞いの踊りだそうで、農業に関係があり、火の神の秋葉神社で何故雨乞い踊りだろう、と不思議に思ったが、どうも鍬山神社に奉納される踊りのように思われた。
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2011年08月29日
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