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8月28日、近郊にこれといったお祭がなかったので、養老山脈と鈴鹿山脈にはさまれた員弁を歩いた。
JRで桑名まで行き、一旦駅の外にでて、すぐ隣にある三岐鉄道の「西桑名駅」で、「1日乗り放題パス」を買ってまずは、「猪名部神社」のある「東員」へ向った。
「員弁(いなべ)」というのは、もともとは「猪名部」であったものが、和銅年間の「好字二字」という地名変更によって、「員弁」となったんだそうだ。
東員駅を下りると、北西に森が見えて、そこが「猪名部神社」であった。
社殿は、東南東向きに建つ。
由緒書板によると、
「延喜式内社。祭神は猪名部造の祖・伊香我色男命を主神とし須佐之男命・天照皇大神をはじめ代々の祖神を祀る。
北側の御本殿は境内社で瑞穂神社と唱え明治41年春各地に鎮座した諸神を合祀された社である。
高塚大神と記された古墳は猪名部氏のお墓で大社の地名の如く昔は広大な境内中に散在した17基の古墳の最大のものである。
猪名部氏族の中からは春澄善縄朝臣を始めとして歴史に残る多くの偉人を輩出している。鎌倉の御代に入って建久3年員弁大領であった郡司員弁三郎行綱が青少年の士気を鼓舞するため追野原で奉納した流鏑馬の神事が以来780有余念伝統を誇る郷土の奇祭として4月の第1土日曜の両日賑々しく厳修される。
尤も猪名部氏の発生は兵庫県の猪名部川周辺から奈良に移り名高い東大寺大仏殿建立の総指揮を司った豪族で、ために当神社は1200有余年の昔より日本の正史に明記される建築技術・学問・器用さを与える神として熱誠溢れる氏子崇拝者の信仰心と共に将来益々神徳燦然と輝くであろう。」
金達寿著「日本の中の朝鮮文化4」によると、猪名部氏というのは、新羅系渡来氏族で、木工・造船などに従事していたらしい。
本殿は、神明造り。
境内に「高塚六角古墳」がある。
六角形の石垣の古墳で、「高塚大神」の石標がたつ。
神社の由緒書にかいてあったが、猪名部氏の誰かのお墓とのこと。
比較的新しい建物の「神楽殿」と神馬像が境内の北側に建つ。
神楽殿の屋根には、「木瓜」の紋がつく。
古墳の北裏に、「閻魔堂」と「薬師堂」があり、
閻魔堂に「三つ巴」紋がついていた。
絵馬は、素朴な感じでいい。
4月の第1土日曜に、「馬上げ神事」があるとのことで、来年は見に来たいものだ。 |

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