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8月に犬山の尾張富士で行われた「石上げ祭り」を見に来た時、このあたりの田園風景が美しかったので、稲穂の垂れる秋、その地にいくつかある式内社をめあてに再度歩いてみた。
名鉄犬山線で犬山までいき、そこで小牧線に乗り換えて一つ目の「羽黒駅」で降りて歩きはじめた。
羽黒駅の南に五条川が東西に流れていて、その堤防沿いの道を西へ行く。
先日の大雨の影響か、濁った水が流れている。
堤には、彼岸花が咲き誇る。
五条川と北東から流れてきている半之木川の合流するところから南へ少し行くと田んぼの中に森が見えてきて、そこが式内社の「鳴海杻神社」であった。
神社やこのあたりの史跡の説明板があり、それによると、
祭神は、山岬多良斯神(やまさきたらしのかみ)・高於加美神(たかおかみのかみ)
「鳴海てがし神社は式内社である。式内社とは、927年(延長5年:平安時代)に編纂された延喜式神明帳に記載されている2861社の中の1つで、この他に犬山市内には、大県神社・針綱神社・虫鹿神社・立野神社・諸鑑(もろくわ)神社で合わせて6つの式内社がある。鳴海てがし神社の創建は明らかではないが、481年(清寧(せいねい)天皇2年:古墳時代中期)と伝えられおり、この羽黒が歴史ある土地であることを物語っている。この神社の祭神の山岬多良欺神(やまさきたらしのかみ)は出雲大社の祭神大国主命の流れをくむ神といわれている。一方、高於加美神(たかおかみのかみ)は1912年(明治45年)にこの神を祭神とする貴船社が合祀され、祭神に追加されたものである。この他に、境内社として南宮社・神明社・多賀社・津島社の4社が祀られている。一方、この神社に併祀されている弁天堂は、江戸時代後期に建てられたもので、当時は満々とした池に浮かぶ風情ある姿であったといわれていたが、近年になって池の水が冬枯れするようになったため、往時の姿を取り戻すべく井戸を掘り下げ、一年を通して水をたたえる池を完成させた。これを記念して鎌倉の宇賀福神社の銭洗弁財天が祀られている。なお、この神社の名前の『てがし』という語には、モチノキの意味が含まれており、境内には犬山の巨木50選に選ばれた「クロガネモチ」や「ハナノキ」がある。」
鳥居をくぐると蕃塀があり、その向こうに社殿が南向きに建つ
拝殿屋根には「五七桐」の紋。
正面には、立派な木彫りの龍の飾りがつく。
その後方のには祭文殿、渡殿、本殿が続く。
本殿は、入母屋造りで、千木・鰹木はない。
神社に貼られていた由緒書きによると、
「現在の本殿は大正6年、樹齢千年と言われた御神木の大桧、目通り4m、全長27mが立ち枯れ伐採、福井県永平寺町棟梁、渡辺陸助により、その大桧をつかい造営されたものである。」
ということで直径4mもの巨木があったんだなあ。。。。。
本殿正面には、獅子の飾りがつく。
虹梁には龍が、そのほかにも鳥も見られる。
本殿側面の飾りは、波とその上に「カギ形の道具」のようなものも見える。
境内には巨木が多く、「ハナノキ」には説明書きが貼られていた。
「愛知県の県木に定められているハナノキは別名をハナカエデとも言い、県の東部を中心とする狭い地域に分布しています。日本の固有種であり、愛知のほかには長野・岐阜・滋賀の4県のみに自生し、国の天然記念物にも指定されています。水辺を好むとも言われており、名水の里にふさわしい木でもあります。春には新芽の前に赤くかわいらしい花を咲かせ、秋には美しい紅葉を楽しませてくれます。このハナノキは、犬山市エコアップリーダーの巨樹巨木調査グループにより巨樹として認定され、樹齢は200年と推定されています。」
GHQから贈られたという樹齢60年のベイマツの巨木もある。
神社の南に「銭洗弁財天」が建つ。
「羽黒の清水と銭洗弁財天」という説明板によると、
「弁才天は七福神の中で紅一点の琵琶を弾く弁天様でよく知られている。そもそも、弁財天は河川の神(水の神)で日本三大弁天といわれる竹生島(滋賀県琵琶湖)・江の島(神奈川県)・厳島(広島県)などはいずれも水辺に祀られている。また、財福・知恵・音楽・弁才の神としても信仰を集めている。
太古より五条川は鳴海てがし神社より南側を流れていたが、1731年(享保16年:江戸時代)の大洪水で現在の五条川になったといわれている。
もともと成海地区には、五条川による大湿地地帯が形成され、昭和初期までは地下水位が高く、各所に湧水があった。この良質で豊富な地下水を利用して戦前までは7軒の酒蔵があり、現在も酒蔵が2軒、地ビールが2軒と大手洋酒ブランドなど、多くの人がこの水の恩恵を受けてきている。」
このあたりの史跡の説明板によると、紀元前1200年代の旧石器時代の遺跡である「北屋敷遺跡」、弥生時代末から古墳時代後期にかけての土器片が散布するという「北巾遺跡」、古代人が皿・壺などの焼き物を生産した「古窯跡」、そして、「高橋古墳群」「椿古墳群」と、旧石器時代から古墳時代にわたる遺跡群が知られているそうで、古くから人が住み着いた土地なんだなあ。。。。
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2011年10月01日
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