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また佐屋街道を西へ、日光川を渡ってすぐ北へ少し、諸桑の集落の中、千手寺と接して「諸鍬神社」はあった。
隣の千手寺とは神仏分離で境内を区分したそうで、以前は同じ境内であったそうだ。
社殿は、南向きに建つ。
ここも由緒書板がなかったが、「式内社調査報告8」によれば、
祭神は、いろいろな説があるそうだが、
「現在は、神社明細書の如く天諸羽命((あめのもろはのみこと)とする。」
「対馬国天諸羽命神社と同神とし、倭歌に詠じたる葉守の神であるとするが・・・・。」
「葉守の神」というのは、「樹木を守護する神。カシワやナラなどに宿るという。」
この地「諸桑」というのは、「角川日本地名大辞典23」によると、
「諸桑は守桑の意味で、養蚕の神が祀られていたことによると伝る。」
ということで、「桑の木」の守護神を祀るようだが、「天諸羽命」というのが「葉守の神」なのかどうか、ネット検索しても答えは得られなかった。
鬼瓦などに神紋は見られないが、拝殿に正面に、横書きの額がかかる。 拝殿の内側正面にも額が奉納されているが、何が書かれているのかは読むことができない。
その右側に藁の簾で中を見えなくした神棚が祀られている。
祭文殿正面には、「以和為貴」と、聖徳太子の「十七条の憲法」の第一条の有名な一文が奉納されている。
本殿は、流造りで千木・鰹木はない。
正面の蟇股は見えないが、脇障子には、獅子の飾りがつく。
社殿向って右億には、「塩田龍神社」が祀られている。
このあたりには塩田があったのだろうか。
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2011年11月29日
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