なべさんの中国情報

今年はブログを再開します。

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

領内川を北上して「鵜多須」の集落を抜けた畑の中に式内社の「宇太志神社」はある。
 
「角川日本地名大辞典23」によれば、地名は、川鵜が多くいたことに由来するそうだ。
 
イメージ 1
 
鳥居をくぐると石造りの蕃塀があるが、彫り物の飾りはない。
 
長い参道を進むと、社殿が東南東向きに建つ。
 
イメージ 2
 
拝殿の内に由緒書の額があり、
 
「飛鳥時代の白鳳元年(673)この地方開拓の神様邑上足尼命(うがたりにのみこと)をお祭りしました。八開村で一番古い神社(延喜式内社)です。慶安2年(1649)杉原治兵衛尉が木曽清流の此処に再興しました。御本殿は文久2年(1862)新築されました。明治5年5月郷社に列格、同40年10月神饌幣帛料供進の郷社に指定を受け、県知事代理、または部長、または村長が大祭日に参向しました。昭和21年現在の制度になりました。郷土史(尾張誌 地名考 名所図絵など)八開村史に神社のことが詳しく書いてあります。俗に鵜多須白鬚大明神と敬い特に延命長寿を祈願しました。例祭日にお釜の湯で厄祓い、お宮西の川原で田舎競馬があって参拝者で賑やかでした。俳句の奉納も大正頃まで盛んに行われました。」
 
祭神の邑上足尼命は、「式内社調査報告8」によると、「生江臣祖葛城襲津彦命四世孫」ということで、葛城氏につながるらしい。
 
拝殿など屋根瓦に神紋は見られない。
 
拝殿正面には、古い額がかかるが、文字は読むことができない。
 
イメージ 4
 
拝殿の内には、「尾張志」などのコピーが額に入れて掲げられている。
 
イメージ 5
 
イメージ 6
 
イメージ 7
 
社殿は、祭文殿、本殿と続く。
 
イメージ 8
 
本殿は、流造り。
 
イメージ 9
 
ここから帰り道で、県道128号を東へ日光川を越えて更に東へ行くと、県道沿いに「内荒神社」と「神明社」がそれぞれ、南向き、東向きにあった。
 
イメージ 10
 
その入り口の広場に立つ石灯篭には、これまで見たことが無かった「茶器」が彫りこまれていた。
 
イメージ 11
 
イメージ 3
 
 

全1ページ

[1]


.
nab*sa*88c*m
nab*sa*88c*m
男性 / AB型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

最新の画像つき記事一覧

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

CMで話題のふるさと納税サイトさとふる
毎日お礼品ランキング更新中!
2019年のふるさと納税は≪12/31まで≫

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事