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五所社から西へ、新川を渡り、国鉄城北線の尾張星の宮駅の近くに「河原神社」がある。
鳥居をくぐってすぐ、由緒書の石碑がある。
「河原神社は大己貴命を祭祀し、創建は定かではないが、「張洲府志」に「河原神社は阿原村にあり」と記され、「尾張国神名帳」貞治本に従三位河原天神とある。明治5年の社格制度により郷社となり、同40年10月、神饌・幣帛供進神社に指定され、また、昭和28年10月の新制度には八級に昇格となる。
当社は、古来より「星の宮と称し、眼病平癒の霊験あり」と伝承され、参拝者が頗る多く、昔はお籠堂に参籠する人が多かった。
なを、境内の左右には神眼池があり、往時、この神水を戴いて不治の眼病に点じたというが、今はその俤(おもかげ)を残すのみとなった。」
「星の宮」ということか、鳥居に七夕の笹飾りのような飾り物があり、そこに籠と橙が吊るされている。
籠は、「目」が多いので、疫神としての「一つ目小僧」を除けるためのものらしく、橙も厄除けであるらしい。
石造りの蕃塀があり、獅子と鯉の滝登りの飾りがつく。
蕃塀の次に、由緒書にあった、井戸のような「神眼池」がある。
拝殿のまっすぐな注連縄が印象的だ。
拝殿屋根には、菊と桐の紋がつき、丸瓦には「星」の文字。
ここも拝殿正面には見事な木彫りの飾りがつく。
中でも、龍の下の「翼龍」が珍しい。
向こう正面には、獅子と月夜に跳ねる兎。
ここも拝殿の次に、祭文殿があり、その後方に神明造りの本殿が南向きに建つ。
「星の宮」ということだが、祭神も、神紋も、先に見てきた「星神社」のような星の神に関係のありそうな象徴がなく、なぜ「星の宮」と呼ばれるのか不思議な気がした。 |
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2011年05月19日
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