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師崎から内海へ行くんだが、バスの時間表を見ると、何時間も先にしかないので、12kmばかり、歩いていくことにした。
天気がいいので、海を眺めながら歩くのは気持ちがいい。
豊浜の水産試験場近くの神明社、豊浜の港にある「おさかな広場」にも寄って豊浜の街並を歩いていると、「光明寺」というお寺の前に「魚供養 魚天観音」の看板があるので寄ってみた。
山門前には、「いわしの一言」。
境内の一画に「魚天さん(魚天観音」の像が立っている。
私も以前はエビ養殖でたくさんの命でもって生きさせてもらっていたので、ここは供養のおまいりをしないわけにはいかない。
南知多や篠島、日間賀島などはフグの産地になっているので、「ふぐ供養塔」もある。
お寺さんも集客をいろいろ考えているようで、「ごめんなさい地蔵」というのもあった。
地蔵堂の破風の欄間には、何かストーリーのありそうな木彫りの飾りがついている。
石灯籠には、火の玉の絡み合ったような三つ巴の紋。
境内には、庚申塚とともに、江戸吉原を牛耳っていたという、「尾張屋清十郎」の墓もある。
尾張屋松本清十郎(不明〜元禄5年(1692))については、説明板があった。
「当町高浜の出身、神官禰宜左ヱ門の子。万治3年(1660)頃江戸吉原で揚屋(当時の吉原で最も豪華な遊びの場所)を営み、江戸吉原を牛耳った。井原西鶴「好色一代男」(天和2)の中で、主人公世之介が江戸吉原の揚屋清十郎方で遊んだことが書かれている。延宝9年(1681)の薬師堂の再建、また当光明寺の護持の為に大いにつくす。」
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2011年05月24日
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