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この日は、下記の9演目が奏された。
振鉾(えんぶ)、賀殿(かてん)、地久(ちきゅう)、春庭花(しゅんでいか)、白浜(ほうひん)、迦陵頻(かりょうびん)、蘭陵王(らんりょうおう)、落蹲(らくそん)、長慶子(ちょうげいし)
うち、振鉾、落蹲、長慶子は、真清田神社の舞楽神事のときのものをアップしたので、残りの4曲をアップした。
解説は、配布された「目録」による。
賀殿
「仁明天皇の嘉祥年間に勅命により作られたこの曲は、承和年間に遣唐使の藤原貞敏が伝えた琵琶の譜に基づいて、楽師和邇部太田麿が笛の譜を作り、林真倉が舞を振付けたと伝えられ、古来おめでたい時によく舞われました。舞人は鳥甲を被り、襲装束を著け、袍の右肩を袒ぎ、順次舞台に昇ります。舞は唐楽の壱越調で、まず出手を「迦陵頻の急」に合わせて舞い、次いで当曲「破」「急」、終わって「急」の重吹に合わせて入手を舞います。舞振りは「破」はゆるやかに、「急」は変化に富み、荘重と典雅を極めていますが、本年は「破」のみを舞います。なお、左方の舞は一般的に笙・篳篥・龍笛・打物(鞨鼓または壱鼓・太鼓・鉦鼓)で奏します。」
地久
「この曲の由来は詳らかではありませんが、藤原公任が紫の桜が花盛りなのを見て、柱で拍子を打ちながら口ずさんだ催馬楽の「桜人」に合わせ、近衛の陣にいた楽人多政資が「地久の破」を舞ったと伝えられています。舞人は鳥甲を被り、襲装束を著け、袍の右肩を袒ぎ、順次舞台に昇ります。舞は高麗楽の双調で、まず出手、次いで「破」を舞い、終わって一旦楽を止め、舞人が三歩退き、再び「急」を舞いますが、本年は「破」のみを舞います。舞振りはいろいろな手振りが総合されている点に特色があり、静かで誠に優雅です。なお、右方の舞は一般的に篳篥・高麗笛・打物(三鼓・太鼓・鉦鼓)で奏します。」
春庭花
「唐の玄宗皇帝が春寒く花の咲くのが遅いことを憂い、この曲を奏でたところ、たちまちに咲き誇ったとの故事にならって、春の庭に喜気として遊ぶ姿を舞にしたといわれ、桓武天皇の延暦年間に久礼真蔵によって伝えられたといわれています。舞人は桜の挿頭花をつけた巻櫻の冠を被り、蛮絵装束を著け、太刀を佩き、袍の右肩を袒ぎ、順次舞台に昇ります。舞は唐楽の双調で、まず調子・品玄で出手を、次に当曲を舞い、終わって重吹で入手を舞います。舞振りは優雅で、春の庭に遊ぶさまや、花々が開き、すぼむさまを表現しており、誠に華麗です。」
白浜
「この曲の由来は詳らかではありませんが、韓国の地名から「白浜」の名が伝わったといわれています。別名を「栄円楽」ともいいます。舞人は山吹の挿頭花をつけた巻Aの冠を被り、蛮絵装束を著け、順次舞台に昇ります。舞は高麗楽の双調で、無拍子の序吹きに始まり、まず出手を、次に当曲を舞いますが、曲中に向かい合わせに跪いて、袍の右肩を袒ぎます。舞振りは入違い、大輪、或いは背中合わせ、十文字になったりと、すこぶる変化に富んで大変優雅です。」
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