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北御門から外に出て、また駅からの正面鳥居の方へ向かって歩く。
正面鳥居を過ぎると「勾玉池」があるのだが、この日は大きな建設工事中で高い塀に囲まれていて中には入れない。
塀が切れてすぐ、「茜社(あこねやしろ)」があった。
この神社は、伊勢神宮の所管社ではないので「外宮めぐり」としては番外になるが、この地、宇治山田の産土神八社の一つであるそうだ。
由緒書の掲示板があった。
祭神は、天牟良雲命御玉、蛭子命、宇迦之御魂神、菅原道真公
「外宮神苑、勾玉池のほとりのこの地は、上古「赤畝(あかうね)」と呼ばれた土地。古くこの地に鎮座した本社は「赤畝の社」と呼ばれ、外宮の摂社であったものと推定されます。創祀は不詳ですが、14世紀ごろの記録(豊受大神禰宜補任次第)がそれを語っています。
しかし、やがて本社は、歴史の流れの中で荒廃し、室町時代に至って土地の人々の産土神としてよみがえります。かつての赤畝の社はなまって「あこね」となります。「茜」の字があてられたのは明治初期です。
以来、「あこねさん」は、域内の茜稲荷や茜天神とともに土地の人々(産子(うぶこ))の願いをきいてきました。五穀豊穣・商売繁昌・家内安全・学業成就など。
本社は、山田産土神の一つであり、また神宮御遷宮のたびにその残材の払いさげを受けて神宮にならって御遷宮してきたのは、右のような歴史によるものです。」
ということで、社殿は、外宮別宮などと同じ造りだ。
社殿は南向きに建ち、左となりに「豊川茜稲荷神社」がある。
ここにも由緒書があった。
「当神社の創祀は九百余年前の古い由緒深い神社です。特に豊川茜神社の御祭神宇迦之御魂神は天照大神の御弟須佐之男命の御子にして御母は神大市比賣命にまします。亦の名を豊受毘賣命などと申し上げ伊勢外宮の大神と御同体にて五穀を始め総ての食物及び産業を守り幸へ給い人生一日に欠くべからざる衣食住の大恩神にまします。御参拝の上心清々しく御神徳にあやかりましょう。」
伊勢と三河のつながりがつよいんだろうか、伏見のお稲荷さんではなく、豊川のお稲荷さんが勧請されているんだなあ。。。。
かなり時代を経たと思われる狐の像が立っている。
その隣には、「茜牛天神」が建つ。
ここも由緒書がある。
「この神様は学問の神諸道芸能慈悲救済の守護神として信仰の高い菅原道真公の御霊を牛像に入魂してお祀りしております。元外宮下馬所に在った外宮職山田大路家の鎮護神でありましたが後に周辺一般の崇敬社となり明治42年茜社に合祀されました。特に学業芸能に志す人々に慈悲救済の霊験あらたかであります。」
社の内には、天保14年(1843)に奉納された牛の像が在る。
境内の片隅に石の社とその横になぜか狸や亀の石像があった。
この境内の御神木は、鳥居を立てて祀られている。
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