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伊勢神宮内宮門前の「おかげ横丁」をぶらぶらと地酒のコップ酒をはしごしながら歩いていき、おかげ横丁を行き過ぎて県道に行き当たり、それを左に折れて西方へ進み、伊勢街道との交差点を過ぎてすぐに「猿田彦神社」がある。
由緒書の掲示板があり、それによると、祭神は、猿田彦大神(主神)、大田命(相殿)。
「猿田彦大神は天孫瓊瓊杵命をこの国に御案内された後、伊勢の地を中心に国土の開拓・経営に尽くされた地主神と伝えられています。
また大神の御裔の大田命は、皇女倭姫命が神宮御鎮座の地を求めて巡歴されたときに五十鈴の川上の地を献り、伊勢の神宮が創建されました。当社はその直系の子孫が祖神を祀ってきた神社であります。
大神は全てのことに先駆け、人々を善い方に導き、世の中の行方を開く「みちひらき」の神として識られています。
その信仰は全国的な広がりをもち、方位除・災除・地鎮・事業繁栄・交通安全・開運などの御祈祷が連日行われています。
毎年5月5日に斎行される御田祭(県無形文化財)も古い伝統にもとづいています。」
猿田彦大神は、万事良い方向へ「おみちびき」になる神様ということで、私も生まれて初めてお守りを買った。
社殿は南南西向きに建ち、案内パンフレットによると、拝殿(祝詞殿)は、「寝殿造り」で、本殿は二重破風の妻入造り(通称:さだひこ造り)。
瑞垣に囲まれた本殿の脇に、小さな社があり、ここに大田命が祀られているんだろう。
屋根には、「五瓜梅鉢(ごかうめばち)」の紋。
拝殿前広場の中央に、昔の神殿跡を示す、方位を刻んだ八角の石柱が立つ。
絵馬の図柄は「みちびきの舞」という猿田彦神社独特の舞だそうで、明治天皇の皇女・北白川房子様ご参拝のときの歌に作曲・振付をすたものだそうで、願いを良い方向にみちびく想いが込められているのだそうだ。
「さだひこの 御名いと高し 天くだり 神代のむかし しぬびまつれば」
鳥居をくぐって境内に入ってすぐの東脇に、猿田彦神社の社殿に向かい合って、「佐瑠女神社(さるめじんじゃ)」の小さな社が建つ。
祭神は、天宇受売命(あめのうづめのみこと)。
由緒書は、
「天孫、「ににぎの命」御一行を待ち迎えられた猿田彦大神と最初に言葉をかわされたのが御祭神です。
天孫御一行を日向の高千穂峯に導かれた後、本来の地に戻られる大神様とともに伊勢においでになり、「さるめ」という姓をいただかれました。
「あまてらす大御神」が天岩戸に籠もられて世の中が暗闇のようになったときに岩戸の前で舞踊をされて、元の明るさにもどる機会を作られた話は良く知られています。
そんなことから「芸能・鎮魂(たましづめ)・縁結びの祖神としてお祭りされてきました。また、元気で明るく、おおらかな女性の神様として、自立し誇りをもって生きようとする人々にとって大切な存在でもあります。」
覆屋の中に八角形の本殿が納められている。
色鮮やかな厨子のような造りで、京都の諸工芸家のよって仕上げられたものだそうだ。
神紋は、「舞鶴」
境内の西に「赤門」があり、立派な鯱が載る。
この日はここまでで、近鉄の五十鈴川駅まで歩いて、帰った。 |

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