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牟都志神社から少し西へ、住宅街の中に式内社の「訓原神社」に比定されているうちの一つの「訓原神社」がある。
鳥居をくぐると正面に、木製の蕃塀が立つ。
由緒書は無かったが、「式内社調査報告8」によると、
祭神は、少彦名命。
「井瀬木村の当社を式内訓原神社と称しはじめたのは江戸時代に入ってからであり、それ以前あるいは江戸時代も、一般には栗原天神又は天神白山の祠と呼ばれてをり、正式に訓原神社とされたのは、明治時代に入ってからである。」
社殿は、東南東向きに建つ。
拝殿の鬼瓦には「郷社」の文字。
拝殿正面には、龍の飾りがつく。
向こう正面にも龍の飾りがつく。
祭文殿、本殿は、神明造り。
石造のポストのような賽銭箱がある。
石燈籠には「×」の印がついている。
始めにくぐった鳥居は二の鳥居で、正面の道を少し行ったところに一の鳥居があった。
この日はここまでで名古屋へ帰った。 |
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2012年03月09日
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