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今回の旅は、中国のガイドブック「貴州自助游」を参考によると、日本の新嘗祭にあたる「吃新节(つぅしんじえ)」が凱里市内で旧暦7月13日にある、と書かれていて、その日は新暦の8月30日にあたるのでそれに合せて凱里に入った。
ホテルに着いてすぐ受付の女の子に、吃新节はどこであるの、と聞くと、もう終わったよ、との返事。
電話でどこかへ聞いてくれて、吃新节は各村々で違う時期に行われるので自分で行って確かめるしかない、ということで、貴州2日目は、凱里からそんなに遠くない、南へ28kmに位置する「郎徳上寨(らんたしゃんざい)」へ行くことにした。
バスセンターはホテルから歩いて5分ほどのところにあり、8時前に行ってみると、郎徳上寨へのバスは7:30〜17:30まで1時間に1本あり、私は8:30のバスに乗ることができた(9RMB)。
凱里は北・東・南は山地になっていて、バスは郊外へでると山の中を走る。
途中、「南花苗寨」など苗族の村を通り過ぎて1時間ほどで郎徳に到着する。
郎徳は、上寨と下寨とあって、上寨の風雨橋のたもとが終点になる。
風雨橋を渡るとそのたもとに、石を祀る小さな祠があった。
橋を渡って村の写真を撮っていると、モップを川へ洗いに来たおばさんが、お昼ご飯はどうするの、農家旅館をやっているからうちで食べないか、と言うので、何かの縁だろう、とそうすることにして、とりあえずその農家旅館へ行って一休み。
川をはさんで郎徳上寨の対岸の田圃に囲まれた中にあり眺めもよくて気に入った。
昼食の予約をしてから上寨の村の中を歩く。
村は山の斜面に沿って建物が建てられ、その中心に祭が行われる「銅鼓坪(とんくぅぴん)と呼ばれる広場がある。
この地域の苗族の住居は「吊脚楼(てぃあおじぁおろう)」という2階部の柱が宙に浮いている様式で有名で、この様式は今も流行っているようで、このあと色々な村へ行ったが、新築の建物はほとんどこの様式で建てられていた。
石畳の道は山の上のほうへ続き、上からは草やサツマイモの葉っぱを担いで村人が次々に降りてくる。
茅を刈っているおばあさんに聞いて見ると、こうして刈ったものは牛の餌にするとのことだった。
各家の角口には、「口嘴标(こうついぴぁぉ)」と呼ばれる魔除けのまじないものが掲げられている。
村をひとめぐりして農家旅館へ戻り、頼んでおいた料理と米焼酎(半斤;250g)で昼食にする。
昼食の目の前の眺め。
田圃の緑がすがすがしい。
米焼酎でいい気持ちになって、吊脚楼につきものの見晴らしのいい部屋にある「美人靠(めいれんかお)」に横になり一眠りする。
「吃新节」について聞いて見ると、9月3−5日にある、ということで、それじゃあその日に2泊3日でここに泊るのを予約した。
帰り道、川沿いの遊歩道脇の畑に茅をしばって刺した「立ち入り禁止」を表す「草標(つぁおぴぁお)」も見ることができた。
凱里へ戻ると、ホテルのある横丁の路地で線香をあげて黄色の紙を燃やしてお祈りしていたが、この日は旧暦の7月12日で、盆の迎え火だろうか。。。。
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2012年09月25日
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