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翌6日は、また独峒まで行って、今度は北東にある「高定」という村へ行った。
独峒に到着したのは11時過ぎで、とりあえず食堂で昼食にした。
牛肉と椎茸の炒め物とご飯(17RMB)。
食堂のおばさんに高定への道を聞いて、何キロぐらいかも聞くと、すうこんり、というので、私は4公里(4km)と思ったら、食堂を12時半ごろ出て、歩いて高定に着いたのは14時50分ごろで、すうこんり、というのは「しゅうこんり」。10公里(10km)であったようだ。
中国人の間でも、この「4」と「10」の「すう」と「しゅう」は聞き間違えるので、確認するためには指を十字に組んでみせる。
なにはともあれ、高定をでてすぐ、次の小さな村がある。
「盘贵(ぱんくい)鼓楼」とあったので、盘贵寨というのであろうか。
村の上流側入り口には、「飛山宮」と立派な風雨橋もある。
ここから1時間ほど歩いて、道路工事をしている人たちに出会ったので、高定までどれくらいありますか、と聞くと、すうこんり、というので、まだ4kmもあるのか、とこのとき、4と10を聞き間違えたことに気がついた。
スマホの地図には、高定の位置も道も表示されていないので、人に出会うと道を聞いて、なんとか迷うことなく15時前に高定に到着。
大きな寨門とその横には大きな楠木が祀られている。
思ったより大きな村で、片道歩いて1時間と思ってやってきたので大きな計算違い、さっさと見てまわって独峒へ戻らないと三江へ帰るバスに間に合わないとあせった。
1時間ほど村を歩いて、広場にあった売店で、独峒へ行く面包車はあるか聞いてみたが、無い、ということでまた歩いて帰ることにした。
帰り道、山羊を追ってやってくる青年と行き会ったが、彼は手製と思われる鉄砲を肩にかけていた。
1時間ほど歩くと、後ろからバイクがやってきて、独峒まで乗せてくれた。
運転している青年は、農民画を描いている画家だそうで、独峒の彼の家まで行って彼の描いた絵を見せてもらった。
価格を聞いてみると、80×70cmほどの大きなもので300RMB、小さな20×25cmほどのもので50RMB、ということで、バイクに乗せてもらったお礼もかねて、小さい50RMBのもので在庫を見せてもらい、鼓楼の柱を運ぶ絵があったので、それを売ってもらった。
これを運ぶときに歌う歌はあるのか聞いてみると、ある、との返事。
木遣り歌を聞いてみたいものだ。
時間はすでに17時を過ぎて、三江へのバスも面包車もなくなってしまっていたが、100RMBで面包車をチャーターできないか、農民画の彼に交渉してもらい、無事三江まで帰ることができた。
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2015年02月20日
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