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侗族の村、肇興の除夜

2013年12月27日から2014年2月26日まで侗族の村を訪ねて、貴州省の「肇興(つぁおしん)」と、広西省の「三江(さんじゃん)」を拠点にして旅をした。

その紀行は、この書庫の「見る」の項で、2014年1月10日の三江の「平流」で途切れていたが、この旅の主たる目的は、春節前後に行われる侗族の祭りを見ることで、写真・ビデオもたくさん撮ってきたので、また折にふれて紹介していこうと思う。

で、昨日は旧暦の1月1日の「春節」で、2014年は、1月31日が「春節」だった。

この時は、三江、黎平(りぃぴん)を周って、1月21日に肇興に戻り、春節を迎えた。

30日が「除夕」で、日中は、家の門口に貼る「対聯(といれん)」の準備をしているのを見つける。

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村のメインストリートでは、爆竹・花火を売る店が並ぶ。

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この日、泊まっていた旅館の家族と一緒に昼食をごちそうになり、「丸餅」も焼いてくれた。

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夜は、「ちゃんか」が来るよ、と聞いていたので、「唱歌」であろうから、合唱好きの人たちだから、歌を歌う一団が周ってくるとかと思っていたら、日が暮れると、「うぇい、うぇい、うぇい」と男たちの一団が大声を出している。



「うぇい」というのは電話で「もしもし」というときの「喂」であろう、呼びかけの声だと思う。

これらの一団は、肇興の5地区それぞれであるようで、それぞれが商店、食堂など、商売しているところを周って、ご祝儀をもらっている。

宿のおばさんに聞くと、これは「順利唱歌」といういうそうだから、メガホンを持ったリーダーが「なんとか、なんとか、なんとかだあ」と読み上げているのは、縁起の良い言葉を並べているのだろう。

日本でも三河万歳など、お正月に門付けで家々を周ってご祝儀をもらうのと同じだな、と思う。

私の泊まっていた旅館にもやってきた。


その一団について周っていると、鼓楼に女たちが集まって歌を歌っているのに出会った。


侗族は、「大歌」と言って、合唱が好きな民族で有名だ。

夜も更けてくると、「順利唱歌」の一団もいなくなり、静かになって、私も旅館に戻ったが、年が明けると一斉に爆竹と花火が猛烈に鳴り響いたので私もメインストリートに飛び出した。


爆竹と花火の大騒ぎは30分ほど続いて、静かになり、わたしも宿に戻って寝る。

平流の苗江の一番下流側に位置する村が平流の本村であるらしい。

村の上流側に小さな寨門がある。

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寨門の内に土地神を祀っているのだろうか、火を燃やして参拝する場所がある。

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村の中央には、立派な鼓楼と戯台がある。

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鼓楼の内の火処は中央にあり、老年の憩いの場になっている。

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戯台の屋根のシンボルは、瓢箪と龍。

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戯台の天井には鳳凰と龍の絵。

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新築の骨組みが完了したところで、「上梁式」があったようだ。

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村の入り口に、村政府の「超級稲+稲田養殖」の成果を示す大きな看板があった。

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2015年には、総生産量は36000kg、144万RMB(2800万円)に達するそうだ。

村の一番下流側に、風雨橋があり、「平流賜福橋」とあった。

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シンボルは、瓢箪のような、鉾のような、、、、、。

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ここからまた下流へ向かって歩く。
平流の村の家並みを進むと、古そうな鼓楼があった。

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この鼓楼は、「三坝(さんばぁ)楼閣」とあった。

鼓楼のシンボルは、魚

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鼓楼の軒下には、絵馬のように三国志や水滸伝などから材をとった絵が掲げられている。

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鼓楼の内は倉庫として使われている。

そこからさらに進むと、小さな鼓楼があった。

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ここからすぐに初めに見た風雨橋にでて、街道を少し行くと、廟があった。

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この廟は、「佈公(ふこん)庙`」とあったが、鍵がかかっていて中には入れなかった。

そのためか、外壁にお参りしたあとの線香が何本も挿されている。

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村の中心には大きな鼓楼と戯台があった。


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鼓楼の中にテレビがあって、このときはちょうど日本軍が悪さをしているドラマをやっていた。

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鼓楼の中は憩いの場になっていてテレビが設置してあるところは多くて、わたしの訪れるお昼の時間帯はよく日本軍(日本鬼子)が悪さをしているドラマをやっているところに出くわし、土地の人に、どこから来たの、と聞かれると、日本人、と答えるのはなかなかつらいものがある。

土地の人は、私が北京か香港からきた観光客と思って話しかけてくるのだが、私が日本人とわかると、少しとまどって離れていく。

離れていってくれるときはまだほっとするが、釣魚島や歴史問題について議論をふきかけられてくることもしばしばあって、私のような幼児レベルの中国語では、とても話しにならないので、そんなときは、不明白(ぷみんぱい、(わかりません))と退散することにしていた。

戯台の天井には、太極紋と八卦が描かれている。

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村はずれの山に墓地があり、お墓は西南西に向かっている。

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お墓の一つに、瓢箪のなかにお魚型の太極紋と菱形、そして鳥に太陽と侗族のよく見るシンボルが凝縮してデザインされたものがあった。

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翌、1月10日は、先日独峒へバスで行ったとき、その手前の村で風雨橋を修理しているのが見えたのでそこまで行ってみた。

風雨橋など侗族の木造建築は釘を使わないで木組みだけで作っている、ということで、瓦を載せる垂木はどうやってとめているんだろう、と興味があって、見に行った次第。

バスの発車には1時間近く間があったので、独峒行きの面包車で修理している橋のたもとまで行く(15RMB).

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実際見てみると、垂木は釘でとめてあった。

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橋の柱に、各作業の家族ごとの分担表が貼ってあった。

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この村は「平流」という村で、とりあえず街道を村の一番上流側までいってから、下流へ向かって歩くことにした。

苗族のむらでは水牛はよく見たが、侗族の村では水牛を見かけるのは珍しい。

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この村ではあちこちで堆肥を運ぶ姿が見られる。

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2012年旧暦3月3日に行われた闘牛「三江大戦」のポスターが貼ってあった。

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ゴミ収集車がきて、環境美化が実践されている。

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耕運機もある。

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支流にも小さな風雨橋がかかる。

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ここが村の一番上流のところで、ここから村の中へ入っていく細い道を歩き始めた。


冠洞は、河を挟んで右岸にある村が「冠大」、左岸のほうは「冠小」と呼ばれていて、風雨橋で結ばれている。

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橋には、中央に関公、両入り口には、土地神様が祀られている。

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橋中央の橋楼のてっぺんには、棟上の飾りが付く。

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橋を渡って、冠小の村へ上っていくところに土地神の小さな祠があった。

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村の中央広場に鼓楼が建つ。

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鼓楼に付くシンボルは、鳥。

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鼓楼の内の火処は中央にある。

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こちらの上り口にも小さな祠が祀られている。


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環境美化の掲示板。

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三江では、この冠洞に限らず全域で環境美化運動がなされていて、街中はもちろん、山の中の小さな村でも河にもゴミが散らかっていなくて気持ちがいい。

三江から黎平へ戻るときに、バスがその境を過ぎると、黎平側では道路脇や川にゴミが散乱していてうんざりした。

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