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貴州省での5日目、10月16日、从江から60kmほどのところにある侗族最大の村といわれている肇興へ移動した。
バスで約2時間、村に着いてバスを降りてすぐのところに賓館があったのでフロントで1泊いくらか聞くと、標準房398RMBです、とのこと。
せいぜい150RMBぐらいだろうと思っていたのでビックリして、他を探すよ、と外にでるとすぐ向かいの料理屋旅館のおばちゃんが声をかけてきたので、こちらも1泊いくらか聞くと、50RMB、とのこと。
この差は何だ、と驚いた。
部屋は広くはないが、エアコン・扇風機・湯沸しポット・温水シャワー・洋式トイレ完備で、これで50RMBなら文句なし、ということでここに泊ることにした。
ただ、外国人の場合は5RMB加算して、55RMBになる。
ちなみに、1件2RMBで洗濯もしてくれる。
で、この食堂の壁に、「侗族大歌」の表演のポスターが貼ってあったのでその日の夜観ることにして予約した。
門表は50RMB.
ただ、この日は午後から雨で、表演は肇興賓館の貴賓楼の屋内で行われた。
曲は、9曲歌われたが内4曲を以下にアップした。
曲名は、演目が終わったあと歌っていた美女にメモ帳に書いてもらった。
翌日はすばらしい天気で、私は4kmほど山を登ったところにある「堂安(たんあん)」という村へ行って帰ってくると、鼓楼で表演をしているのに行き当たった。
写真を2枚ほど撮ったところで、門表を買うように言われたので、演目は昨日と同じようなのでその場から退散した。
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10月3日から31日まで中国で、うち11日から27日まで貴州省を旅してきた。
前回は、凱里を拠点にして苗族の村々を中心に歩いたが、今回は、貴州省東南の広西省に近い地域の侗族(とんぞく)の村々を中心に歩いてきた。
義烏からはまた1等寝台列車で凱里まで行き、そこからバスで6時間、広西省に近い「从江(つぉんじゃん)」という街を拠点とした。
从江2日目の13日は苗族の村「岜沙(ばさ)」へいき、3日目の14日「小黄」へ行き、そこで一泊した。
小黄は、歌好きの侗族のなかでも「歌郷(かしゃん)」として有名で、村をあげて伝統音楽を保護している。
私が訪れた日は、日中は広州の映画会社が撮影できていて運良く美しい歌声を聴くことができた。
後で歌っていた若者に曲名を聞くと「蝉之歌」とメモ帳に書いてくれた。
歌の途中の「るるるるーーーー」は蝉の声だったんだなあ、、、、とずいぶん前義烏の山へ登った時に聞いた不思議な蝉の声を思い出した。
すばらしいハーモニーで感動で手が震えて、ビデオカメラを固定するのに苦労した。
私は他の曲も聴けるかと撮影隊に付いてまわったが、この撮影隊は「蝉之歌」だけをいろいろな場所で撮影するだけで、この1曲にか聴けなかった。
しかし、夜も幸運が訪れた。
昼飯が14時ごろで遅かったので19時半ごろ晩飯にして、食後散歩に出ると、鼓楼の方から歌声が聞こえてきたので行ってみると、団体グループが歌隊を雇ったようで「歌垣」が行われていた。
途中からしか観れなかったが、いい機会に恵まれた。
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中国事務所の羊君が結婚式をやるので、明日からまた中国へ行かなくてはならないが、1ヶ月ビザ2回分をとってあるので、どうせ行くならまた4週間滞在で、貴州へも行ってこようと思う。
2年ぐらい前からブログで神社の記事が多くなったせいか、中国では私のブログに接続できなくなり、中国へ行くとブログの更新ができなくなって、更新は明日から31日までまたお休みです。
で、前回の貴州の旅で訪れた村はまだいくつもあるが、とりあえず「芦笙節(るぅせんじぇ)」というお祭をアップしておこう。
9月8日に夕方ホテルへ戻ると、フロントの女の子が「今日から3日間、旁海で芦笙節をやってるよ」と教えてくれて、9月9日(旧暦7月23日)に旁海(ぱんはい)へ出かけた。
小型バスは、バスセンターから出ていなくて、何人かの人に聞きながら、凱里から旁海へ向う街道のはじまりのところが出発点になるバスを一苦労して見つけた。
バスは、20分ほどで満席になり9:20に出発(10RMB)。
凱里をでるとずっと山道で、山越えをいくつかして約1時間で川沿いの村「旁海」に着く。
村は、煉瓦造りの家が多い。
催し物は午後にあるので、村の中をぶらつくことにする。
川沿いの道を下流のほうへ歩いていくと、村はずれの木の根本に小さな祠があった。
祠の中には「石」が祀られている。
昔ながらの木造の建物もあり、多くは平屋で、ここも苗族だが、山の中の苗族の村とは雰囲気が異なる。
家の外に祭壇のある家もあって、吃新節のものか、抜穂が祀られている。
お家の中、正面には祭壇がある。
その写真を撮っていたら家の人が出てきて、勝手に写真を撮ったので怒られるかと思ったら、おいでおいで、と手招きされて、家に入っていっしょに食べましょう、とお祭のご馳走を楽しむ食卓へ招き入れられて、次から次から私の碗にお魚やら鶏肉やらを入れてくれて、ビールに米焼酎に刺梨酒(しぃりぃちゅう)という野生の果物を漬けた酒やらをご馳走になる。
私が勧められるままにクイクイ飲んでいるので、8年前にも日本の若者がやってきて彼もよく酒を飲んだが日本人は酒がつよいなあ、と変な日本人観を植えつけてしまった。
楽しくお昼をご馳走になって、午後から始まる闘牛を見るために、この楊さんの家を出て村の中を歩いてまた家の中の祭壇を見つけたので写真を撮っていると、またまたおいでおいで、いっしょにご飯をたべましょう、と招かれたが、ここは辞退して闘牛のある川原へ向った。
門口に抜穂を掲げる家もある。
門口に、道教のお札を貼る家も多い。
この日は、川原にいろいろな出店がでている。
川原へ下りるところで若者たちにカメラを向けると、ポーズをとってくれた。
川原では、闘牛の始まる前に、競馬が行われている。
1頭か2頭で走っているので、タイムトライアルであるらしい。
闘牛は15:30ぐらいからはじまり、「A級」ということで水牛の体が大きく迫力がある。
しかし、バスの最終は17時ごろらしく、この日は泊りの準備をしてこなかったので、闘牛の2試合を見て凱里へ帰ることにする。
で、翌日また芦笙隊と踊りのコンテストのある旁海へ出直した。
旁海へ着くと、前日賑わっていた川原はきれいさっぱり誰もいないので、地元の人に、芦笙節はあるよね、と聞くと、川向こうの高みに会場がある、ということで、とりあえず前日見つけておいた旅館に行って部屋を確保する(3人部屋しか空いてなくて60RMB)。
会場は小学校の校庭で、民族衣装のおばさまや子供たちで賑わっている。
額やほっぺに赤い太陽マークをつけている人たちも何人もいて、おじさんに聞いてみると、お客さんを歓迎する印だ、と教えてくれた。
会場は参加者で大変な賑わいで、13時ごらから18時ごろまで30組以上、芦笙隊、芦笙踊り、銅鼓踊り、太鼓踊りなどが次々登場する。
銅鼓踊りのなかで、米作りの種まきから稲刈りまでの過程を演じる「田遊び」のような踊りもあり、最後には闘牛場面などもあって、観客に受けていた。
太鼓踊りで「3・3・7拍子」のリズムのグループもいて、気になっていてネット検索してみると、「農耕民族の畑を耕すリズム」であることがわかった。
会場の一角では、「綱引き」も行われていた。
ここでも応援の掛け声は、「1・2・3・休止(いぃ・ある・さん)、1・2・3・休止」で、「畑を耕すリズム」であった。
19時半、すっかり暗くなり、遠くから参加したグループはみな帰っていき、広場はまだ賑やかであったがわたしも旅館へ戻ることにした。
夜道を歩くには明かりは持参しないと、と凱里で懐中電灯を買っておいたのが役に立った。
翌日は7時がバスの始発で、早く温水シャワーが浴びたくて、霧に包まれた山を越えて凱里へ帰る。
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貴州6日目の9月2日は、榕江から凱里へ戻り、午後はまた博物館へ行った。
そして9月3日、旧暦7月17日巳の日、吃新節(つぅしんじぇ;新嘗祭)のある郎徳上寨へ始発の7時半のバスで向った。
郎徳上寨へ着いたら、まずは予約しておいた農家旅館へ荷物をおろして村を散策することにした。
村では、吃新節で神様に供えられる「抜穂」を手にしたおばさま方に出会う。
お祝いのごちそうの材料をかついだ人たちも村へやってくる。
トラックにビールをどぉんと積んで売りにきているおじさんがいて、村人はケース買いしてお家へ運んでいた。
村の一角では、豚をつぶしていて、2枚おろしにして肉を切り分けていく。
手早く作業は進められて30分もかからないくらいで1頭の肉が切り分けられて、各農家は重量でお金を払ってお家へ持って帰っていく。
お祭に合せて購入したのか、大きな冷蔵庫を運んでいる。
馬に載らないものは、人力で運ぶしかないんだなあ。
郎徳の女性は、頭に花の造花をつけるのが特徴。
二人のカメラマンが盛装した女の子をモデルにして写真を撮っていたので、便乗して私も1枚撮らせてもらう。
今回の吃新節で盛装した女の子を見たのはこのときだけで、皆が盛装するのは苗族の新年にあたる「苗年」のお祭に来ないと見れないようだ。
吃新節の1日目は各家庭に親族が集まってお祝いをするそうで、外での行事はない。
旅館では、晩御飯にごちそうが準備されて、その中で、お魚の鮒とお粥は欠かせないものだそうで、それに加えて、お椀に盛られた蒸したもち米に抜穂の米粒を生のままのせたものが用意されて、その一部を神様に供える。
主人は、床で紙を燃やし、抜穂の生米と蒸したもち米をや鶏肉などを供えて線香をあげる。
そして、旅館の主人夫婦ともう一人の客と4人でごちそうをいただく。
調理された鮒は、食べる前にデンブのように身をほくしてから食べる。
豚肉、鶏肉、家鴨肉などなどに、もち米で造った甘酒や米焼酎で宴をはる。
日が暮れてから、主人夫婦は親戚の家に行かなくてはならなくて、客の若者は早くから寝てしまい、私は「美人靠」で田圃を眺めて米焼酎をちびりちびりやって過ごす。
吃新節の2日目朝、飲みすぎたか少し頭が痛い。
貴州の山間部ではいつも8時すぎまで霧が立ち込め、これが山の豊富な湧き水の源泉であるらしい。
午前中は、まだ見ていない郎徳下寨へ行くことにした。
一緒に泊った若者ともう一人夜中に旅館へ戻ってきた上海の若者も行く、というので3人で1.5kmほどをぶらりぶらり歩いて出かけた。
村の中へ少し登ったところに広場があり、その夜に歌と踊りのコンテストがある。
廻廊の屋根には、鶴と鳩の飾りが載る。
村の民家の瓦屋根にも鳩の飾りが載っていた。
民家の門口に抜穂が掲げられている。
午後は14時から郎徳下寨の川原で闘牛があり、同宿の若者たちと見物したが、彼らは途中で凱里へ戻っていった。
見物の橋の上では勝負がつくと「芦笙隊」の演奏がある。
17時すぎに決勝戦が終り、私はまた郎徳上寨へぶらりと歩いて帰る。
夜は主人夫婦と3人で、鶏と豆腐の鍋を食べて、お酒は1杯にして、21時過ぎに主人の持つ懐中電灯の明かりをたよりに郎徳下寨で行われる、歌と踊りのコンテストを見に行く。
ヒップポップやら民族舞踊やら歌謡曲の喉自慢やらが順不同ででてきて、それぞれちゃんと審査員の得点がつけられる。
旅館の主人の奥さんのグループもきらびやかな民族衣装で舞踊を踊ったが、なかなか美しかったが、照明が暗くてビデオはうまく撮れなかった。
23時すぎ、会場はこれからどんどん盛り上がりそうだったが眠くなってきたのでまた主人の明かりをたよりに旅館へもどって寝る。
吃新節3日目、この日も午後郎徳下寨で昨日は「C級」、この日は一回り大きな「B級」の闘牛がある、というのでそれを見てから凱里へもどることにした。
で、午前中は郎徳上寨のまだ上のほうにも村がある、ということでその村へ向う。
歩いていると、モーターバイクが乗っていかないか、と声をかけてきて、5RMBで4kmばかり上の村へのせていってもらう。
今回初めてガチョウを見た。
帰りもバイクに乗って旅館へ戻り、旅館で最後の昼飯を食べて、この2泊3日7食の飲み放題・食べ放題分の精算をして(420RMB)、荷物は預けて14時から始まる闘牛を見に行った。
前日は闘牛場の下まで下りて観戦したが、この日は水牛は一回り大きくてやたらと人の輪のほうへ突っ込んでいくので、私は橋の上から高みの見物にしておいた。
ビデオは、決勝戦で、17時すぎに終り、17:30の最終バスの席を主人の奥さんがとっておいてくれて、荷物も持ってきてくれて、順調に凱里へ帰ることができた。
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貴州5日目、榕江から西へ約50kmの山の中の苗族の村「摆贝(ばいべい)」へ行った。
泊った旅館の主人に摆贝への行き方を聞くと、「興華(しんほわ)」へ行く「面包車(めんぱおちょぉ;軽のボックス車)」に乗って、摆贝で降ろしてもらうといい、ということで、とりあえず榕江のバスセンターへ行った。
しかし、そこには面包車はいなくて、そばにいたおじさんに聞いて見ると、そこから1kmばかり行ったところに面包車がとまっている、ということで町の西のほうへ歩いていくと車溜りがあった。
15分ほどで満席になり、車は走り出した。
川沿いの美しい風景の中を2時間ばかりで摆贝へ向う登り口で降ろされた(20RMB)。
摆贝へは4km、現在道路の舗装工事中で車は通行止めで、歩いていかなければならない。
川べりから上り始めてちょっとすると見晴らしがいい。
山のてっぺんの方に村が見えて、うわぁ、あそこまで登るのかなあ、、、と思ったがやはりそこが摆贝であった。
舗装道路になってから、上のほうからゴロゴロゴロと大きな音が聞こえてきて、何事か、と思ったら、子供たちが手製のスライダーで下りてきた。
1時間あまりで村の入口に着く。
遠くから望遠で撮ったときは笑顔だった摆贝のご婦人だったが、入口に着いてカメラを向けるとそっぽを向いてしまった。
村から見下ろすと、遠く川沿いに「興華」の町が見える。
苗族の家の屋根は、元来は杉の皮で葺かれていたそうで、ここ摆贝ではそうした家がまだたくさん残っている。
屋根を葺くための杉の皮。
この村では高床式の建物が多く見られる。
梯子も博物館で見るのと同じ木彫りの梯子。
高床式の建物はほとんどが倉庫のようで、テラス付のものもあって、唐辛子やトウモロコシが干してある。
瓦屋根の家の屋根に、鳥の飾り物を見つけた。
門口には、魔除けの水牛の角を掲げる家もいくつか見られた。
日本の山の神を祀る祭りで祠の前に下げられるような、木彫りの鳥の羽や金槌をかたどった飾り物を門口に下げている家もある。
茅輪を掲げている家もあった。
村では働く女性が目に付く。
闘鶏の真似事で遊ぶ子供たち。
ビー玉で遊ぶ子供たち。
お茶目な女の子。
山から下りるときにたくさんの働く女性たちに出会った。
山から下りて、帰りの面包車が通るまで街道を歩いていると、稲を刈って脱穀している光景に出会った。
凱里では牛肉料理が多いが、貴州の東南地区では政府が牛肉の生産に力を入れているようだ。
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