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林渓の街道は林渓河の東側を通り、商店街等の町並みがあるが、上流側に「新塞風雨橋」があって、それを渡った西側にある村は「新寨」というらしい。
ここにも屋根のてっぺんの梁には、棟上の飾りがつく。
橋を渡ってすぐのところに飛山廟らしい建物がある。
村への斜面を登っていくと、寨門があり、その少し上に常緑広葉樹のとともに小さな祠があった。
祠には、村の守護神が祀られている。
村の中央に鼓楼があり、「皇朝鼓楼」と額がかかっていた。
橋の近くで、これと似た鼓楼の再建には、30万RMB(約600万円)、とのポスターがあった。
この鼓楼も立て替えられて間が無いようで、たくさんの飾りが奉納されている。
近くに大きな戯台もあり、「同心楼」と額がかかっていた。
母屋から離れて板塀で囲まれた門のある家もあった。
燻製を作っている家もある。
村の下流側の入り口に廟があり、「大油得道李王」を主祭神として土地神なども祀られている。
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見る
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8日、高友から林渓へ戻り、村の入り口に風雨橋があったので、そこで面包車からおろしてもらう。
この橋にも中央に関公が祀られていた。
橋の屋根には、お魚の飾りもついている。
このあたりには鼓楼がないためか、橋の上でおじさんたちがカードをして憩っていた。
橋に続く道は、湖南へ抜ける街道であったようで、家の2階部がはりだして雨をしのげるようになっていて、今もやっているのかわからないが、旅館が数件並んでいる。
村へ続くほうにも新しく造られた風雨橋があり、橋楼のてっぺんの梁には棟上の飾りが付いている。
この橋を渡ると、突き当たりに土地神が祀られている。
そして川に沿って、雨がしのげるアーケードのようになって商店街が続く。
このアーケード街を抜けると林渓村のメインロードに出て、時間もちょうど正午前、小籠包の店があったので1籠をもって昼食とする(3RMB)。
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翌8日は、三江の北東にある高友村へ行った。
まず程陽風雨橋へ行ったとき乗ったバスの終点の林渓(りんしい)まで行き、そこから直線距離で10kmほど。
幸い、バスを降りるとすぐに面包車がみつかったので、高友までの往復を交渉して、とりあえず、100RMB。
しかし、高友で1時間ほど待っていてもらわなければならないので、50RMBをプラスして、計150RMB。
林渓から高友まで25分ほどで到着。
面包車に待ってもらって、村を散策する。
村へ入るとまずは、2つの祠が目に付いた。
向かって左が、「飛山廟」、右が「雷王廟」。
雷王廟の中には、御幣のような切紙のついた飾り物が奉納されている。
そこから旧道を村の入り口のほうへ戻ると、風雨橋がある。
この橋のシンボルは、鳥と瓢箪。
橋の料入り口には、石板に神の名が刻まれて、土地神が、中央には、関聖宮と文昌宮が祀られていた。
また村のほうへ旧道をたどると、小さな寨門があった。
旧道から新道にでると、村の中央に鼓楼が見えてきた。
手前の建物は、井戸のある「井亭」、その先、鼓楼のすぐ手前の建物は「戯台」。
鼓楼の中には火処はなかったが、すぐ脇の建物の中に火処があり、この三層の建物が古い鼓楼かもしれない。
その隣の高床の建物の床下にも土地神と思われる祠があった。
井亭が他に2つ新しく建てられていて、てっぺんの梁に棟上の飾りがついている。
村は、鼓楼のある谷を挟んで、両側の山の斜面に家が建ち、村の上方へ登る。
棟上したばかりの家があり、「紫微高照」の幕が下がっていた。
面包車で林渓へ戻るときに、運ちゃんが、待っていた時間が長かったのでもう50RMBプラスで200RMB、というので、そんなに長くなかったから合計150RMBで充分だろう、というと、素直に150RMBで林渓まで戻ってくれた。
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これもホテルでもらった観光案内書によると、和里の次の村、産口の榕江と苗江という2つの川が合流するところに、樹齢1000年以上の榕樹(ガジュマル)がある、ということで、和里から面包車(5RMB)に乗り見に行った。
面包車が産口村の手前にさしかかると大きな榕樹が見えてきたのでそれとわかる。
村の入り口で面包車を降り、街道沿いのすぐ目の前に食堂があったのでまずは昼食とする。
豆腐の炒め物とご飯(15RMB)。
食材コーナーには、オタマジャクシもあったが、さすがにそれを注文するのはやめておいた。
食後、榕樹まで歩いて10分ほど、確かに大きい。
樹が覆う面積は、3000平米以上もあるそうだ。
「広西第一樹」と称されているそうだが、この樹を祀る祠は見当たらない。
静かな環境で、川べりに座ってのんびりする。
村は、合流地点から苗江の少し上流のほうにあるようだ。
このあたりのおばさまも鉢巻が特徴のようだ。
しばらくのんびりしてから街道へ戻り、面包車に乗って帰る(10RMB)。
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肇兴から三江へバスで来るときに車窓からみた大きな廟が、ホテルでもらった観光案内書によると、「三王宮」という、古代夜郎国(いえらんぐお)の竹多簡王の3人の王子を祀る廟であることを知り、翌7日はそこへ行った。
三王宮は、三江の南西十数kmほどの「和里」という村にあり、バスで30分ほど(8RMB)。
説明板によると、三人の王子の父、竹多簡王は、漢の武帝の南征のときに帰順して「夜郎候」となったが、のちに武帝が部下の讒言を聞き竹多簡王を殺害してしまい、王子たちは反乱をおこそうかと思ったが、民が平和を願っていることを知り、反乱をすることをやめてその後も仁政を行ったことにより人民に愛され、明の嘉靖年間(1522-1566)に廟が建てられた、のだそうだ。
廟の入り口は鍵がかかっていて、中は見ることができなかった。
廟のシンボルは、花と魚。
2013年に行われたお祭りのポスターがあった。
廟のすぐ脇には大きな風雨橋があり、橋の中央には、関羽が祀られている。
街道を挟んで北側に旧村落がある。
こちらの橋の中央には、何が祀られているのかわからないが、線香の祭壇がある。
この橋のシンボルは、瓢箪。
むらのはずれに、漢族の古鎮でよく見る、「楊氏宗祠」とある、氏族の祖先廟があった。
村の入り口には寨門がある。
寨門の脇には、土地公が祀られている。
寨門前の広場には、戯台が、
村の上部に鼓楼がある。
鼓楼から北西を望むとまた鼓楼がみえるので、奥の村にも行く。
こちらの鼓楼は、戯台と一体型。
この鼓楼には、「楊氏鼓楼」の額がかかる。
ここの横の田んぼで、カササギを数羽見つける。
こちらの村の中央には、「延陵鼓楼」もあった。
この近くに小さな風雨橋もあり、中央には、赤ら顔だから関羽と思われる像が祀られている。
村を流れる川の一番上流側にも、新しく、大きな寨門と風雨橋が造られていた。
この村のおばさまは鉢巻が特徴のようだ。
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