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12月18日、ようやく萨玛節のお祭りの本番が始まった。
開幕式は午後で、午前中は榕江市内で大行進があった。
侗族の村は芦笙隊がいなくて静かだが、苗族と水族には芦笙隊が先頭にたちにぎやかだ。
行列の最後尾には、沖縄のエイサーのようなおばさまがたによる「腰鼓隊」がある。
1時間ほど行進をみてから河沿いの道を歩いて車江へもどる。
車江の広場の周囲にはいつもより多くの露天がでて、黄色く染めたもち米も売っていた。
唐辛子漬けの腌鱼(あぁゆぃ)も売っている。
私は網焼きの丸餅を一つ、昼飯にした。
広場には、各村を代表する萨玛も待機している。
開幕式は15時から1時間あまり行われたが、巨大鼓楼の前に勢ぞろいしての「蝉乃歌」が印象的であった。
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車江での3日目、12月17日、萨吗節の開幕式のリハーサルの最終日。
身に着ける衣裳も皆民族衣装の盛装になり華やかだ。
萨吗は黒の半開きの傘がそのご神体として祀られる。
茅を手にしたおじいさんたちが出番を待っていた。
リハーサルが始まる前、一つの村の参加者が芦笙舞をはじめると、他の村の人たちも加わり、大きな輪になる。
待機している参加者たちは、それぞれの村でかたまっているので、どこから来たのか聞いて回ると、侗族、苗族を中心にして15の村までは確認することができた。 |
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車江の2日目、朝は村の西側を流れる寨篙河(ざいかおほ)の上流に向かって散歩した。
小村が二つあり、けっこう遠くからも車江の鼓楼を望むことができる。
村から河へ降りる道には、道祖神のような夫婦神が祀られている。
「有求、必応」とあり、現世利益の神様だ。
河に船がつながれていて、刺し網が見える。
車江へもどると、萨吗廟の門が開いていて、おばあさま達が祭りの準備をしている。
萨吗のご神体は、半開きの傘。
広場ではリハーサルが始まるまで、参加者は思い思いに芦笙(るうせん)舞などをしている。
苗族の空申(こんせん)村から来ている女子の民族衣装はミニスカートで可愛らしい。
午後はまたリハーサルを見てすごす。
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12月16日から榕江で萨吗節(さあまあじえ)というお祭りがあると聞いていたので15日に肇兴から榕江へ向かった。
朝8:20のバスで黎平へ出て榕江行きのバスに乗り換え、榕江市内へ入る手前の「三宝侗寨」とも呼ばれる「車江」で13時20分に降りる。
車江には巨大な鼓楼と萨吗廟もあり、この祭りの中心地になり、すでに多くの人でにぎわっている。
この鼓楼は、21層、36.8mの高さで、もともとあった鼓楼の基礎の上に2000年に21世紀の平安を祈って建て直されたものだそうだ。
ここには9月に滞在したことがあり、その時泊まった農家旅館が鼓楼前広場に面してあるので今回もそこを予約しておいた。
宿に着いて、老板娘に祭りの日程を確認すると、18−20日、という。
えぇぇぇ、と思わず声が出たが、帰国の飛行機は25日夕方なので大丈夫、21日に凯里、22日に寝台車で23日に義烏、25日に上海、という日程を組んだ。
旅館は、秋の普通価格は1泊60RMBだったが、今回は祭りの特別料金で100RMB+エアコン使用料20RMBで、1泊120RMB。
朝、昼は腸粉や蒸したもち米が5RMBで、晩飯はスープとおかず1品にご飯で毎日20RMBだった。
前回来たときは鼓楼は改修中で広場も草ボウボウであったが、今回はきれいに整備されて、鼓楼正面の龍の飾りも美しい。
広場の賑わいは、18日の開幕式のリハーサルで集まってきている人たちで、いろいろな民族衣装を見ることができた。
この日は天気が良くて、夕日が美しかった。
この日から17日まで3日間はこのリハーサルを見て過ごす。
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12月14日朝、またもち米のおにぎりを持って、上地坪へ向かった。
途中までは車が通れる道があるが、後は人一人が通れるほどの山道になる。
1時間半ほどで峠に着き、峠を越えると上地坪の棚田が見える。
山を下り、村に入るところの山が墓地になっていて、保寨樹だろうか、葉を落とした枫香木が立つ。
村からはこれから畑へ向かうのだろう、肥桶や牛糞などを担いだおばさんたちがすれ違う。
2時間半ほどで到着。
村は、谷あいの小さな川に沿ってある。
村の川の下流側の端に鼓楼がある。
鼓楼の正面には、山海経にでてくるような「孔雀姑娘」の絵。
屋根には、シーサーのような素敵な獅子像。
お土産を担いで孫の手をひくおじさんが村の上手から降りてきて、その前に爆竹が鳴っていたので、孫のお祝いで親戚の家に行くようだ。
ここでもおばあさんに、家で昼ごはんをたべないか、と肥をかけられたが、おにぎりをもっていたので、もう帰るから、と帰途についた。
行きはどれくらい時間がかかるかわかなかったのでひたすら歩いたが、帰りは時間もたっぷりあるので休み休みのんびり帰る。
日中は、ポカポカと暖かくなって蝶々も姿をみせた。
山道の途中に泉があり、行き来する人たちの休息場になっているようで、石の水溜めの流れ口に笹の葉が置かれている。
その笹の葉が指す方向には、神奈備山のような山がある。
牛と山羊を追っておじいさんがやってきた。
肇兴と上地坪は歩くしか行き来できないようで、行きも帰りも何人かの荷物を担いだ人たちに出会った。
肇兴に帰り着くちょっと前に青年に追い抜かれ、彼は田んぼの水を抜いて田の中の鯉を捕ってきて、今晩炭焼きで食べるからおいでよ、と家まで案内してくれて、一旦宿にもどって、夜はかれの家におじゃました。
湖南の老板が彼の家の近くへ店を作って投資する、ということで、その老板の歓迎会に混ぜてもらうことになった。
けっこう乾杯もして、いい気持ちで宿にもどり寝る。 |






