なべさんの中国情報

今年はブログを再開します。

鯱コレクション

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堀川屋形船の金鯱 

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実家から名古屋城まで約2km。
土曜日に往復、散歩した。

お城の堀に水をひき、伊勢湾まで水路でつながる堀川がある。

子供のころは鮒が獲れたが、今はどうだろうか?

橋の上から屋形船が係留されているのをみつけ、ひょっとしたら、と近くへいくと、やはり、金の鯱があった。

やはり名古屋は、金鯱だ。

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先日、名古屋城と鯱がデザインされた消火栓の蓋を見つけたが、
よくみると鯱だけ2尾がデザインされたものもあった。

はたして第3のパターンもあるのだろうか?

清洲城の金の鯱

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名古屋育ちで、信長ファンではあるが、清洲城には行ったことがなかった。

1989年に天守閣が再建されたそうで、実家から名鉄で220円、散歩に行ってきた。

信長は、1955年にこの城に入り、1567年に岐阜へ移るまでの12年間、清洲城が居城になる。

桶狭間へ1560年、信長27歳のときにこの城から出陣している。

清洲は、この地域の中心地として栄えたが、1610年、家康の命令で、名古屋城の築城と遷都が行われ、清洲の住民は名古屋へ移住させられたそうだ。

この街ぐるみの引越しは「清洲越し」といわれるそうだ。

金の鯱は、高さ120cm、青銅製で、それに金箔が3回貼られている。

名古屋城の金の鯱のルーツはここにあった。

「瓦鯱」もある。

天守に上り見渡すと、名古屋駅の高層ビルや岐阜の山々もすぐそこのような感じで、中国に慣れてしまった距離感からは、濃尾平野も狭いな、と感じる。

城が、川の南にあるので、風水からいくと変だなあ、と思ったが、実際には、川の北にある清洲公園が天守閣のあった場所とのこと。

天守閣の前庭は、石庭になっていて美しい。

静かなところで気に入った。

五条川の川べりには桜が植えられているので、花見もいいだろうなあ。。。。

名古屋の消火栓

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中国は春節に入るので、私は日本へ戻った。

名古屋を散歩すると、路地の消火栓の蓋に名古屋城と鯱のデザインがあった。

やはり名古屋は鯱だ。

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1月2日、竜泉の街の真ん中を流れる竜泉渓の中州にある公園の大きな塔があるので、鯱の写真を撮りに行った。

塔は新しく建てられたコンクリート造りだが、立派な鯱があった。

でもこの日は、塔の前の広場で、竜泉名物の「宝剣」を持って舞踊の練習をしている女の子たちのほうへ眼がいってしまった。

こういうのは、普通は、じいさんばあさんがやっているが、こういう若く美しい子たちが踊っているのは珍しい。


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