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番外篇 名古屋を歩く

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9日、七所社から南東へ、中川区長良町の八剣社へ向かった。
 
近鉄の烏森駅のガードを過ぎしばらく行くと大通りにでて、その南に森があり、神社はすぐわかった。
 
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境内は森が大きく気持ちがいい。
 
拝殿の鬼瓦には神紋はないが、軒丸瓦には「三巴」の紋、横側に「五三桐」の紋があった。
 
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拝殿正面の妻飾りは「稲葉の白兎」。
 
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境内の保存樹の大木は「タブノキ」
 
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七所社社殿東側の境内に式内社の「御田神社」があった。
 
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簡素な造りの拝殿と覆屋に守られた神明造りの本殿がある。
 
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御田神社は熱田神宮の境内にもあり、この岩塚町のものと、どちらが式内社としての御田神社であるのかは結論が出ていないそうだ。
 
 
 
七所社の拝殿東側に、日本武尊が腰掛けたという「御腰掛岩」があった。
 
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日本武尊が東国を平定して尾張へ戻った後渡船を待つ間にこの岩に腰掛けたということは、ここから舟に乗って伊吹山に向かったのだろう。
 
腰掛岩のすぐ横に「古塚」と石柱が立つ古墳がある。
 
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奈良時代初期のものとのことで、古墳としては新しい時代のものだ。
 
この古塚の目の前、南側に「周囲に濠をめぐらせているもの」がある。
 
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拝殿西側の古墳はよくわからなかったが、戦没者の石碑の立つ膨らみがそれだろうか。。。。
 
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9日、高須賀町の八剣社から西へ、剣町の八剣社へ向かう。
 
10分ほどで到着。
 
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神社名を刻んだ石柱はなく、鳥居と拝殿のの額に「八剣宮」と記されている。
 
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拝殿、本殿には、木彫りの飾りもなく簡素な造りだったが、拝殿・本殿とも蟇股にハートを逆さまにしたモチーフがくり貫かれている。
 
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ここからもう少し西、庄内川のすぐ脇にある日本武尊ゆかりの「七所神社」へ向かったが、途中、その御神田があった。
 
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5月9日の日曜日の午後、家から自転車で2・3時間、八剣社巡りをした。
 
20分ほどで、高須賀町の八剣社に着いた。
 
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拝殿には木彫りの飾りは無かったが、鬼瓦には「八剣神社」の文字。
 
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拝殿の垂木の木口にはめ込まれている金具には、「橘紋」がある。
 
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wikipediaによれば、橘氏の発祥に元明天皇とのかかわりがあり、熱田の八剣神社の創建も元明天皇の時で、橘氏と八剣神社とのつながりがあるんだろうか。。。。
 
「橘氏の実質上の祖は県犬養宿禰三千代とされている。三千代は天武朝から命婦として仕え、文武天皇の乳母をつとめたともされ、後宮の実力者として皇室と深い関係にあった。三千代ははじめ美努王の妻となり、葛城王や佐為王を生んだ。694年に美努王が大宰帥として九州へ赴任すると、代わって藤原不比等の夫人となり、藤原光明子(光明皇后)らを生んだ。和銅元年11月25日、元明天皇の大嘗祭に際して、天武天皇治世期から永く仕えてきた三千代の功績が称えられ、橘の浮かんだ杯とともに橘宿禰の氏姓が賜与された。」
 
本殿はコンクリート造りになっていたが、白壁に銅版葺きの屋根が映える。
 
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石造りの蕃塀には、獅子と牡丹で、健さんを思い浮かべた。
 
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