なべさんの中国情報

今年はブログを再開します。

番外篇 名古屋を歩く

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

先日名古屋城の近くの病院へ行く用事があり、行きはバスで行ったが、帰りはバスの便が悪く、歩いても同じくらいの時間で帰れるので、運動がてら歩いて帰った。

押切の交差点から裏道へ入って、通ったことが無い道を選んで歩くと小さな神社があった。

前を通ると鳥居の貫の上に鳥が二羽のっている。

その日はカメラを持っていなかったので、今日ちょっと自転車で行って写真を撮ってきた。

鳥居には昭和3年の寄進と刻まれていたが、鳥の像は倭族の象徴として昔からあったものなのか、洒落で作られたものなのか、興味がわいた。

本殿は、神明社で、拝殿は「豊日社」となっているが、神社の由来とかの掲示板がないので、理由はわからない。

こんな小さな神社にも、謎はいろいろあるものだ。。。。

貝殻山貝塚資料館

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

イメージ 11

先月中国へ1週間行って戻ってから何かと忙しくてゆっくり散歩する時間がとれなかった。

以前美濃路を散歩したときに庄内川の堤で清須の散策コースの看板をみつけ、弥生時代の朝日遺跡の資料館があるのを知ったので行ってみたかった。

http://www.pref.aichi.jp/kyoiku/bunka/asahi/siryou/index.html

名鉄の清洲駅からはちょっと遠そうなので、昨日は天気もいいことだし、自転車ででかけてみた。

資料館は入場無料で、東名阪自動車道路の清洲インターを建設するときに発掘された遺物が展示されている。

弥生時代の前期から中期の遺物が出土しているそうで、土器類がたくさん展示されている。

なかでも、「パレス・スタイル土器」と呼ばれる赤く塗られた土器は尾張地方独特のもの、と何かの本で読んだことがあったので、それを見ることができてうれしかった。

http://www.pref.aichi.jp/kyoiku/bunka/asahi/collection2-2/index.html

http://www.asahi-net.or.jp/~iy4t-ngc/shellhp/asahi/asapot.html

「円窓付土器」というのもあったが、開いた窓から炭でもいれて、湯でも沸かす卓上コンロだろうか?

銅鐸は再現されたものが置いてあったが、発掘された銅鐸型土器があり、これが祖形になるのだろうか。。。。

資料館の規模としては小さいが、展示物はなかなか面白い。

大高

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

日曜日、氷上姉子神社へ行ったとき、国鉄の大高駅から神社までの一帯は古い街並みが残っていてなかなかいい雰囲気であった。

日本酒を造る酒蔵があり、煙突も趣がある。

ここの街並みは、壁を黒く塗るのが特徴のようだ。

街並みを抜けてちょっといくと「石神白龍大王」という小さな神社があった。

私の実家の近くに「中島黒體龍王大神」という黒い龍を祀った神社があるが、こちらは白い龍で、対をなしているのかな。。。

氷上姉子神社

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

以前から三種の神器の草薙の剣がなぜ名古屋の熱田神宮に祭られているのか不思議に思っていて、なんだかだとネット検索してみると、日本武尊が東征する際に立ち寄った尾張で尾張国造の祖、宮簀媛命(みやすひめのみこと)と婚約し、日本武尊は東征の帰りに尾張に戻り、宮簀媛命はその妃となったそうで、その後日本武尊が草薙の剣を妃のもとに置いて伊吹山の神を鎮めにいってそれに失敗して命を落とし、宮簀媛命は一族が祭祀を行う場所としていた吾湯市の熱田に草薙の剣お祀りしたそうだ。

そして、仲哀天皇4年、その宮簀媛命の住んでいた館があった氷上山に、氷上姉子神社が創建され、持統天皇4年(690)に現在地に遷座せられ、現在の本殿は明治26年改造以前の別宮八剣宮の本殿を移築したもの、とのこと。

http://www.a-namo.com/ku_info/midoriku/page/oodaka.htm

で、日曜日午後に名鉄で鳴海まで行き、そこから氷上姉子神社まで散歩した。

神社は国道23号線のガードをくぐったまえの小高い丘の中にあった。

23号線を通る車の騒音があるので幽玄な雰囲気は無いが、移される前の、宮簀媛命の住んでいた館跡のある「元宮」のほうは名古屋市野鳥保護区にも指定されていて、森が深く、いい雰囲気。

元宮は小さな神棚のような感じだが、その横に、「宮簀媛命宅跡」の石碑が建つ。

ここが尾張氏の中心地で、日本武尊が住んだところなんだなあ、、、と深呼吸をする。

たくさんのドングリが落ちていて、山を降りていくと、林の縁に、粽をまく「粽子葉(ちょんずいえ)」があった。

自然環境は中国浙江省と同じようで、尾張氏は海人族だから、故郷の浙江の越人と同じような生活をして粽も食べていたのかなあ。。。。

山の下にはため池があって、古代はこのあたりは海であったとのことだから、海から見る氷上山の風景はこんなだったんだなあ。。。。。

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

イメージ 8

イメージ 9

イメージ 10

枇杷島橋を渡って、美濃路に入ると、市場町商店街があり、そこから続いて、新川橋東商店街がある。

問屋記念館をすぎてちょっと行くと、3階建ての旧家が見えてくる。

これは珍しい、と思ったら、ちゃんと説明板があった。

街道沿いにはあちこちに古い家が残っている。

屋根神様も何箇所かで見られた。

倉の屋根には立派な鬼瓦がのっていた。

古い家が休憩所になっていて、なかでは駄菓子類を売っていた。

私も味噌煎餅を1袋買う。


.
nab*sa*88c*m
nab*sa*88c*m
男性 / AB型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

最新の画像つき記事一覧

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト≪さとふる≫
実質2000円で好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事