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今年はブログを再開します。

番外篇 名古屋を歩く

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11月5・6日の土・日が雨で月曜日の11月7日はすばらしい秋晴れで、午後、また自転車で庄内川下流、昔は河口であったろうと思われるところに位置する、式内社の「國玉神社」へ行ってきた。
 
庄内川を新大正橋で渡って、堤防の道を南下、行きは追い風で快適なサイクリングであった。
 
万場大橋を過ぎて堤防から富田町万場の集落へ下りると、集落の中に「國玉神社」はあった。
 
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ここは、國玉神社・八剱社合殿となっていて、神社入口にも、左右に両社の石標が立つ。
 
教育委員会の説明板があり、
 
「創建は古く「尾張志」によれば、尾張大国霊神社(現在の稲沢市国府宮)より勧請したという。「延喜式神名帳」に従二位国玉名神と記載されている式内社である。
 明治元年(1868)八劔社を合祀。同年明治天皇が東幸の際、勅使より奉幣を享ける。同5年近隣8か村の郷社に、同40年より神饌幣帛の供進指定社となる。なお、拝殿等の屋根は昭和58年改修。
 祭神は、大物主大神・天照大御神・草薙劔御霊・日本武尊。
 大祭は春5月5日、秋10月7日。
 当社前の道は佐屋街道(東海道の脇往還)で、南西曲がり角は万場宿の高札場となっていた。」
 
「式内社調査報告8」によると、「天照大御神・草薙劔御霊・日本武尊は、八劔社の祭神で、國玉神社は、大物主大神一座となる。」
 
社殿は、南南東向きに建つ。
 
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拝殿には、「國玉神社・八剱社合殿」の扁額がかかる。
 
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拝殿屋根は銅板葺きで、向拝の鬼瓦には「ゆり紋」のような紋がつくが、これは「矢じり」か「鉾」かもしれんなあ、と思い始めた。
 
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本殿は、流造りで、千木・鰹木がない。
 
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本殿の庇の蟇股には、「雲」がデザインされている。
 
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本殿の両脇に2つずつ神明社・白山社・春日社・津嶋社の小さな社が祀られていて、一番左の社には「鏡」が祀られているので、それが天照大神を祀る神明社なんだろう。
 
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境内には、保存樹の「タブノキ」の巨木がある。
 
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帰りは向かい風でヒイフウいいながらペダルをこいで、往復約2時間の運動になった。
熱田神宮のHPをみていて、9月28日に緑区大高の氷上姉子神社にある、熱田神宮の斎田で「抜穂祭」があることを知り見に行った。
 
この斎田での田植え祭は昨年見に行ったが、秋の稲刈りの祭にも興味があった。
 
抜穂祭は神宮のHPによると、
 
「緑区大高町の氷上姉子神社の斎田で刈り入れのお祭りを行っております。
 収穫されたお米は、当神宮の諸祭典や神事にお供えされます。」
 
11時から神事が始まるということで、10時すぎに斎田に着き、まずは、元宮と本宮に参拝して、また斎田に戻った。
関係者以外でお祭を見に来ていたのは、私ともう一人カメラを持った同年輩の人だけだった。
 
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黄金色の稲穂と道端の彼岸花が美しい。
 
祭壇には、すでに抜き取られた稲と根付きの稲が供えられている。
 
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11時に神主さんが神社の方から歩いてきて、神事は始まった。
 
神事は、御祓い→祝詞奏上→玉串奉納と進み、最後に「おぉぉぉ」という、神さま御輿に移す時に発せられるのと同じような声で礼拝して、最後に神主さんのお話があって終わる。
 
神社のすぐ横を高速道路が走っていて、その騒音が途切れることなく続き、その騒音がなければツクツクホウシと虫の声と野鳥の声だけの静かなところなんだがなあ、、、、と残念に思う。
 
神職が稲穂を刈る神事があって、その後稲刈りをするのかと思ってきたが、期待はずれであった。
 

大須で神社めぐり 

9月18日、大須へ行く用事ができて、ついでに大須商店街界隈の神社を訪ねてきた。
 
地下鉄「上前津駅」の12番出口をでると、そのすぐ近くのビルの谷間に「大直禰子神社」がある。
 
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由緒書板があり、
 
「当社の祭神は、大直禰子命にして崇神天皇の御代国内に疫病流行して天皇痛く宸襟を悩まし給ひしが一夜夢中に大物主命(大国主命)枕上に立ち給ひ我を大直禰子命をして祭らしめよ、然らば国内の疫病直ちに止まむとの神告によって河内国に住みし大直禰子命をして祭祀を掌どらしめ給ふ(古事記)。之は即ち現今奈良県三輪町鎮座、大神神社(元官幣大社)にして大直禰子命は之大国主命の子孫なり。
 尚当社は古来より「おからねこ」の俗称を以って猫の守護の如く云ひ慣ひしも祭神とは何ら関係なきにして家内安全無病息災の霊験あらたかなるものなり。」
 
大直禰子は、大神神社へ連れてこられる前は、河内の渡来人系の須恵器を焼くの窯群のある「陶邑」にいたそうで、「名古屋市史」によると、大須の南西に位置する正木町遺跡から陶邑形式の須恵器が出土しているとのことだから、陶邑に由来する渡来人との関係がうかがわれる。
 
本殿は、流れ造り。
 
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地下鉄12番出口のすぐ横の路地を西へ行くと、大須商店街の「万松寺通り」に続いていて、大須観音の近くに「富士浅間神社」がある。
 
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説明板によると、
 
「明応4年(1495)6月、後土御門院の勅令によって、駿河の浅間神社より分霊を勧請して奉祀したという由緒が伝えられている。
 祭神は中央に木花咲耶姫命、左に瓊瓊杵命、右に天照皇大神・彦火々出見命を合祀するほか、数社が祀られている。
 なお、この神社には、近くの那古野山古墳から出土した有蓋脚付壺が保管されている。」
 
拝殿正面には、「五七桐」の紋。
 
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拝殿の中には、3つのお神酒が奉納された三宝がたくさん並んでいる。
 
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本殿は改修中で、カバーがかかっていて見ることができなかった。
 
富士浅間神社は万松寺通りを南に折れたところにあるが、同じ辻を万松寺通りを越えて、北へちょっといくと「那古野山古墳」がある。
 
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前方後円墳とのことだが、現在は直径22m、高さ3m余の円墳状の部分のみが残っている。
 
この界隈の案内板があって、「日出神社」にも古墳があったとのことで、そちらに向った。
 
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由緒書板によると、
 
祭神は、軻遇突智命、天照大御神、月夜見命、宗像大神、猿田彦大神、稚日女命
 
「本神社はもと愛宕社と称し、明治42年日出町に鎮座の神明社(旧称天道宮、及び同一境内宗像社白鬚社香良須社合殿の二社を合祀して、社名を日出神社と改めた。愛宕社は天道宮と共に清須に鎮座したが、慶長15年名古屋城築城の際、現地に移された。」
 
境内社の祭神も記されていた。
 
五柱社 祭神 素戔鳴尊、応神天皇、宗像大神、加茂大神、軻遇突智命
吉備社 祭神 吉備真備命
 
ここも前方後円墳の後円部のみが残っていて、その頂に社殿が東向きに建つ。
 
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社殿の建つところは住宅に囲まれていて、本殿は見えない。
 
囲いの中に「庚申塚」があった。
 
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尾張新次郎太鼓

6月5日の熱田神宮尚武祭で、夕方、尾張新次郎太鼓が奉納演奏されて、そのあざやかなバチさばきと、笛の音にのった太鼓の音がすばらしく、途中、まきわら御輿についていこうと思ったが、大きな太鼓の音にひきもどされて、最後まで見聞きすることになった。
 
成人のたたく太鼓は迫力があり、子供たちのバチさばきも見事なものだ。
私の横で見ていた少年が、おもわず、「カッコイイ」とつぶやいた。
 
尾張新次郎太鼓は、その保存会のHPによると、愛知県西部の農村地帯に伝わる神楽太鼓だそうで、戦後から昭和34年の伊勢湾台風の後、すたれてしまったのを、昭和40年ごろから、かつて農村だったところの自治会から要請を受けて、中川区下之一色の西川新次郎が神楽太鼓の技を若者たちに伝え、昭和54年に保存会が結成されたのだそうだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
6月5日の日曜日、熱田神宮の例祭である尚武祭が行われ、私も午前中の例祭から夕方の「まきわら」に灯が点されるまで、いろいろな催し物を楽しんだ。
 
神宮のHPによると、
 
「神宮の恒例祭典・特殊神事のうち、最も重要かつ荘厳な祭典が例祭です。この祭典では、宮司が祝詞を奏上し、天皇陛下勅使による御幣物(ごへいもつ)の奉納、御祭文(ごさいもん)の奏上があり、皇室の弥栄・国の平安が祈念されます。
 例祭は一般に、「熱田まつり」「尚武祭(しょうぶさい)」とも称され、献灯まきわら・花火・武道・献茶・献花等の数々の行事が催され、約25万人もの市民が参拝する親しみある祭りでもあります。
 地元の人々は、毎年この祭りから浴衣を着るならわしがあり、手にうちわを持ち、露店をのぞきながらのまことに季節感あふれるお祭りです。
 夕刻から各門で献灯まきわらを奉飾点灯します。
 神宮公園では名古屋に夏到来を告げる花火大会が行われます。
 弓道・柔道・剣道・相撲・演芸・俳句・献書の大会が開かれます。
 近郊の各町内からは子供獅子・まきわらみこし等が奉納されます。
 尾張新次郎太鼓や熱田神楽の奉納演奏が行われます。」
 
ということで、午前中10時から、天皇陛下の勅使を迎えての神事が行われたが、神事は、奥の本殿で行われるので、我々は見ることができないが、本殿の扉を開ける大きな鍵が印象的だった。
 
 
昼食は、境内の「宮きしめん」、食後に隣のきよめ茶屋の抹茶ソフトクリーム、〆はその前にある自販機のホットコーヒー、というのが定番になった。
 
13時から拝殿前で戦国時代、信長の時代から伝わるという「棒の手」の演舞を見て、15時からは須佐之男命を祀る南新宮社で行われる「天王祭」を見、夕方は、「尾張新次郎太鼓」をみて、薄暗くなって「まきわら」に灯がともったところで帰った。
 
 
日中はそんなでもなかったが、日暮れとともに境内は若者で埋め尽くされて、境内から外に出るのに苦労した。
 
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